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5話:ファーストキスだった?
「き、キスされてしまった……」
想子は呟いた。
園庭に迷い込んだ犬は、飼い主に連絡して引き取って貰った。
「ボクもソーコ先生とチューする!」
と騒いでいた園児たちも落ち着きを取り戻し、ひと段落ついたところだ。
ひとり教室に戻ってきた想子は、疲れ果ててぬいぐるみなどの置かれたジョイントマットに腰を下ろした。
「はあ……」
ため息ひとつ。
だがふと物思いにふける表情を浮かべると指先を自分の口元にやった。
そっと指で唇をなぞってみる。そこにはまだアオイにキスされたときの感触が残っていた。
「……」
「もしかしてファーストキスだった?」
「(びくっ)!!」
いきなり耳元でささやかれ、想子の肩がはねた。
振り返れば、アオイがすぐそばで微笑をたたえて立っている。
「な、なな、なんのことかしら? 初めてとか意味わからない」
「ふうん、じゃあ、もう一回してみる?」
「え……なにを?」
「キスに決まってるだろ。大人のソーコは慣れているんでしょ?」
「も、もちろん、そうだけど……」
想子は視線をそらし、誤魔化そうとする。だがそれをさせまいと、アオイが想子の顎を掴んで強引にこちらを向かせてくる。
「じゃあ、するよ」
「え、いや、ダメ、あ、その、まあ、うん、だから、えーと……」
シドロモドロしているうちに、アオイの顔が近づいてきた。またキスされてしまいそうになる。
そのとき、美咲先生が廊下からひょっこり教室を覗き込んで声をかけてきた。
「想子先生?」
「!!!」
想子は慌ててゴロゴロと前転して素早くアオイから離れた。
「な、なにしてるの?」
「見ての通り、アオイくんに、でんぐり返りの仕方を教えているんです!」
「……」
美咲は呆れ顔で、転がる想子を見ていた。
アオイは「ザンネン」と肩をすくめると、教室を出て行った。
「それでどうかしましたか?」
「ああ、園長先生が呼んでたわよ」
「園長先生が?!」
前転をやめた想子が立ち上がる。
足元がふらついた。
目が回っていた。
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