さようなら

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 案の定、何事もなかったように「おはよう」と話しかけてきた。昨日のメッセージが脳裏をチラッとよぎって、怒りが込み上げてきたが「おはよう」とだけ返して、長谷部さんの元へ早足で向かった。 「あの人、絶対何とも思ってないよね」 「そう思います」 「尾崎さん偉いね。私なら無視してるかも」 「私のせいで職場の雰囲気が悪くなるのも嫌なので……」  そんな話を聞かれないように小声で話した。  その後も何事もなかったように小山さんは接してきた。相変わらず空気読めない感じが不快で、私はイラついた。でも、ここでいちいち言い返したところで、小山さんの言動が変わることはない。私を含め職場のみんなは()()()()()()と諦めていた。  私の気持ち的にも大分落ち着いてきたある日、パート仲間の畠中さんの旦那さんが急死した。朝の更衣室はその話題になりざわついていた。 「旦那さん元々身体が弱かったんだっけ?」 「子供さん何年生? え、一番下はまだ年長さん?」 「旦那さんも心残りよね、まだ小さい子がいるのに」  みんな、畠中さんや小さい子を残して亡くなった旦那さんの無念さに、打ちひしがれていた。そんな空気をブチ破ったのが小山さんだった。 「畠中さんって家建ててまだ三年ぐらいしか経ってないよね。旦那さん亡くなったから家のローンが無くなるじゃん!」  私は空気が凍りつくのを感じた。みんな、小山さんと目が合わないようにしていた。きっとみんな思うことは同じだ。私も視線を外した。
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