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 確かにカイルは屋敷に不在となるが、その間に書類上だけとはいえ親子関係がなくなるのはダリルにとっても寂しいことだった。  しかしカイルのいないこの屋敷に、母親代わりとしての自分は不要だ。いつまでも母親面して居つくほど厚かましくはない。  それに、契約時に今後もカイルとの手紙のやり取りや面会は自由に行っていいと約束している。だから、たとえ親子関係でなくなっても、カイルが嫌がらない限り彼とはずっと親交を続けていくつもりだ。  その旨を伝えようと口を開くと同時に「いや、違う」とカーティスが答えた。 「確かにカイルも寂しがるだろう。父親としてそれは避けてやりたいところだ。だが、延長の申し出はカイルの父親としてではない。――君の夫としてだ」  赤い瞳が真っ直ぐダリルを見据える。そのひたむきな熱を帯びた眼差しに、思わずドクンと鼓動が甘く跳ねた。 「さっきも言った通り、君はカイルの母親としてこの一年よく頑張ってくれた。……だから今度は、私の伴侶として傍にいてくれないだろうか」  プロポーズと言っても差し支えないほどの真剣な声と言葉に、ダリルは戸惑った。  確かにこの一年でカーティスが噂のように冷酷非道な人間ではなく、不器用な優しさを持つ真面目な人だということが分かり、好意的な感情を抱くまでとなった。しかし、そこに甘い恋愛感情は少しもなかった。  だが、彼の申し出を無下に断るのも躊躇われた。もちろん相手がこのオーデル国に次いで権力のあるハウエル公爵家当主であることも理由の一つだが、それだけではない。  契約結婚とはいえ、家族として一年過ごしてきたのだ。恋愛的な感情はなくとも情は湧く。しかも、相手は真剣そのもので、契約延長を申し出るその声にはどこか痛切な響きさえ感じられた。  これを断れという方が無理な話だ。しかし安請け合いできる類のものでもない。  どう答えるべきか思いあぐねていると、 「……一年だけでいい」  カーティスが言った。
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