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「一年だけ、契約を延長してくれないだろうか。もしその間に君が私に好意を抱かなければ、大人しく契約を解消――離婚、するつもりだ」
そう言って、カーティスは懐から一枚の紙を取り出した。
「一年の延長に合意してくれるのなら、そこにサインをしてくれ」
言い終えるとカーティスはゆったりと長い脚を組み、テーブルの上の紅茶を口に運んだ。
ダリルはこめかみに冷や汗をかきながら、ハウエル公爵家の家紋が押された契約書をじっと見つめた。
(な、なんでこんなことに……! 俺はただ第二の人生で自由気ままなスローライフを送りたかっただけなのに……!)
もし目の前に神が現れたなら、すぐさま詰め寄りその胸倉を掴んでこう言っていただろう。
悪役令息としての役目は全うした! これ以上、試練を課してくるな! と……――。
****
約二年前、まだダリルがコッド公爵家の人間で、王立学園に在籍していた時のことだ。
「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」
学園の定例行事である舞踏会で、婚約者であるゴードン公爵家令息、アルフレッド・ゴードンがダリルに言い放った。金髪碧眼の美少年、フィル・ガーネットを抱き寄せながら……。
ダリルは震える手をぎゅっと握りしめながら、問い返した。
「な、なぜですか……?」
「まさか心当たりがないとでも言うつもりか?」
ありありと侮蔑の表情を浮かべアルフレッドがじろりと睨みつける。
「フィルから全て聞いた。彼に嫉妬をして数々の陰湿な嫌がらせをしてきたそうだな」
「そ、それは……っ」
言葉に詰まるダリルを見て、アルフレッドはハッと鼻を鳴らした。
「顔だけでなく心まで醜いようだな。心も美しいフィルとは正反対だ」
「……ッ!」
ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。
しかし、その震えは怒りや屈辱からくるものではなかった。
(……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!)
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