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 もちろん玄関ホールに飾っているカイルの絵を取りに行くためだ。  ****  初めてカーティスから手紙が届いて以来、定期的に便りが来るようになった。  最初の何通かは、屋敷を訪れた際にカーティスがダリルを書斎に呼び、助言を得ながら書いていたのだが、ここ最近は本邸や出先で書いたものが届くようになった。  その内容は分からないが、手紙を読むカイルの柔らかな表情を見る限り自分の助けはもう不要のようだ。 (なんかおこがましいけど、教え子が無事ひとり立ちしたような気分だな。嬉しいような、誇らしいような……)  ダリルは掃除をしながら時折、手紙を読むカイルの横顔を盗み見ては目元を綻ばせた。  これまで主人と使用人という立場でありながら、使用人でしかも年下である自分がカーティスに手紙の書き方を指導するという奇妙な関係にあったが、これでお役御免だ。  正直なところ、ダリルは少しホッとしていた。もちろん、手紙の書き方の指南役が苦痛だったわけではない。  カーティスはダリルの助言に眉根を寄せたことは一度たりともなく、礼を言って素直に従った。言葉にこそしなかったが、信頼されているのが十分に伝わってきて誇らしくもあった。  だがその分、責任重大だと気を張っていたのも確かだ。  手紙の指南という役目がなくなることでその信頼が薄れていくことは少し寂しくもあったが、肩の荷が下りたのも事実である。 (まぁ、俺の助言なしの、純度百パーセントの父親からの手紙の方がカイル様も嬉しいだろうしな)  こうして二人の関係は主人と使用人というあるべき姿に戻った――、はずだった。  ****  一日の仕事を終え自室に戻ったダリルは、長い溜め息を吐きながらベッドに寝転がった。  少しだけ体を伸ばすだけのつもりだったが、ベッドの柔らかさと一日分の疲労が絡み合って体を起こすことができなかった。  ウトウトと心地よい眠気に微睡んでいたダリルだが、ドアをノックする音にハッとして飛び起きた。
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