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 手紙の内容は、至って普通のものだった。ダリルの健康を気遣う文章から始まり、自分の近況――商談でオーデル王国の南部にあるエスターリという街を訪れていること、その土地の様子などが書き連ねられ、なかなか小瓶の中身や、手紙を送ってきた理由や目的について触れる兆しがなかった。  ようやくダリルの知りたいことについて書かれていたのは最後の方だった。 『これはエスターリで採れる木の実から抽出されたオイルで肌荒れに効くらしい。余計なお世話かとも思ったが、君の手の荒れが気になったので送っておく。塗っておきなさい』  ダリルは手紙から視線を浮かせ、自分の手を見た。  確かに、掃除の際に薬品を使うこともあるので指先はカサカサに乾燥している。一応、薬は塗っているのだが安物のためか、それとも薬品を使う頻度に治りが追いつかないのかいまいち効果が感じられなかった。  しかし、思わず目がいく程ひどく荒れているわけではない。だから、カーティスがその手荒れに気づき、なおかつそれに対して贈り物をくれたことに驚いた。  ダリルはもう一度、手紙に目を通した。  淡々とした文章だが、不器用な優しさが言葉から滲み出ているそれは、出会った当初に感じた、無表情の中に埋もれた温かな微笑みを思い出させた。 (塗っておきなさい、か……。ふふ、まるで母さんみたいだ)  現世の母親は幼くして亡くなったため記憶にないが、前世の母のことならよく憶えている。  どんなに短く素っ気ない言葉や物言いであっても子への愛情が溢れている、そんな母親の声が脳裏に蘇り、気づけば頬が緩んでいた。  もちろんカーティスには、赤の他人である使用人に対して子に向けるような深い愛情はないだろうが、それでもそれに近しい温もりを確かに感じたのだ。 (なんだか、くすぐったいな……)  現世では、実の父親は後妻の機嫌を伺ってダリルをほとんど無視していたし、継母からは疎ましげに冷遇されていた。
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