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 ダリルは長い間待ち望んだ展開に、心の中で思わず諸手を挙げて歓喜した。    ダリルには前世――佐野幹明(さのみきあき)の記憶がある、そしてその記憶に基づけば、この世界は妹の書いた小説『薔薇色の君』で、どうやら自分は主人公の恋敵で悪役令息のダリル・コッドに転生したようである。  『薔薇色の君』はいわゆるボーイズラブというジャンルで、しかも聞き馴染みのないオメガバースという設定まであり、普段の幹明ならば絶対に読まない部類の小説だが、目に入れても痛くないほどに可愛い妹が初めて書いた小説なのだ。読まないはずがない。  反応がもらえないと嘆いている妹を見るに見かねて、小説が更新される度に匿名で長文の感想を送っていたほどに読み込んでいたので、展開どころか台詞までほぼ憶えている。  『薔薇色の君』は美少年のオメガ、フィルが運命の番と出会い幸せになる物語であり、そのためには想い人のアルフレッドが親同士が決めた婚約をダリルの悪行を理由に破棄しなければならない。つまり、悪役令息ダリルの悪行はこの物語において必須なのである。  しかし、常識的な良心を持つ幹明の記憶があるダリルにとって、人を傷つけるような陰湿な言動をとるのは抵抗があった。  なのでそういったことをしなくても婚約破棄できるよう努めたのだが、駄目だった。物語の展開に反することをすれば過去に戻され、何度もやり直しを強いられるのだ。  最初こそ、物語の展開に差し支えのない程度に嫌がらせの内容を加減していたのだが、前回のやり直しの時に弟のネイトを巻き込んでしまい、彼を死なせてしまった。  このことがきっかけで、ダリルは決意した。加減など一切せず完全に悪役令息の役目を全うしよう、と。 (長かった……。でも、これで終わりだ!)  ダリルはいかにも気が動転しているような表情を作って、勢いよく顔を上げた。 「だ、だって、アルフレッド様には僕という婚約者がいるのに、そいつが貴方にまとわりついているから……!」
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