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 そう怒鳴りつけ、フィルの手を叩き払った。そんなダリルに、周囲がどよめく。  しかし、ダリルは気にすることなく立ち上がると「覚えていろ! この学園にいられないようにしてやる!」という捨て台詞を吐きそのまま舞踏会のホールを後にした。  学生寮へと続く回廊の途中で足を止め、自分の胸に手を当てる。  ホールを出てからずっと、走ってもいないのにバクバクと激しい鼓動が止まらなかった。 (こ、これで、やっと終わった……)  これまでの理不尽なやり直しと、心が痛む悪役令息の役目からようやく開放された安堵と喜びに、じわりと目尻に涙が滲んだ。 (もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!)  夜空に浮かぶ綺麗な満月を見上げながら、目を細めていると、 「兄さん!」  完全に気を緩めていたダリルは、背後からした声に思わずビクッと体を震わせた。  振り返ると、そこには黒い長髪をなびかせ駆け寄ってくる弟、ネイトの姿があった。 「ああ、ネイトか」 「『ああ、ネイトか』じゃないよ! 何だよ、さっきのは!」  吊り上がったその紫色の瞳は怒りに満ちていた。  とても同じ血が流れているとは思えないほどに整ったその顔は、怒るとさらに威圧感が増し、思わず怯んでしまう。  ネイト・コッド――、ダリルの二つ下の弟だが、ネイトはコッド侯爵家当主の後妻との子で、つまりダリルとは異母兄弟である。ダリルの母は彼を産んでから一年も経たずにこの世を去ってしまった。  ネイトの母は前妻の子であるダリルのことを疎ましく思っているが、ネイト自身はダリルを実の兄のように慕っており、ダリルもまた彼を可愛がっていた。 「あの男、ふざけてる! 兄さんとの婚約を破棄するなんて! 他の奴らがいなければ殴ってやれたのに……ッ」  心底に憎らしそうに奥歯をギリっと鳴らすネイトに、ダリルは思わず小さく笑った。 「なに笑ってるんだよっ。笑い事じゃないよ!」
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