問いたくても問えない

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上着を羽織り支度を済ませて会社に行く為、玄関へと向かう。 「慶人〜、カッコいいな」 「あ、ワイシャツにアイロン、ありがとう」 「ああ… なぁ、誰の誘いも受けるなよ」 「え?」 「メシとか、酒とか誘われても受けるなよ」 どの口が言っているんだと思った。自分は好き勝手に女を作るくせに、俺には制限するのかと、そう思ったけれど、どうして少し嬉しく思ってしまうのか悔しい。 「お前、絶対にモテるから、ダメだぞ。男からもだぞ」 俺と修司は高校時代、二大巨頭と呼ばれて人気を二分していた、らしい…。とは言え、それを俺が知ったのは一年近く前で、今でもモテているという実感はない。 「ああ」 とりあえず返事をしておく、色恋目当てで誰かに誘われる心配などない筈だから。 どうしてそんな事を言うんだ、俺の事をどう思っているんだ、そんな風に思う事が日を追う毎に段々と多くなっていったが、それを訊く事は出来なかった。 修司との関係が終わってしまうのが怖かったから。 ◇◆◇ 「いらっしゃいませ」 少し仕事に慣れてきた頃には週末は必ず、平日も時間があれば修司の店に寄っていた。 少し早めに上がれた平日、修司の店に行くと、綺麗すぎるあのお姉さんが一人で店にいた。 「あら、春名くん、いらっしゃい」 「こんばんは」 週末は必ず足を運んでいたから、お姉さんとも気兼ねなく話せるようになっていた。でも、修司がいないのは初めてだった。 「修司ね、今、町内会の会合に行ってるのよ」 「町内会?」 修司が?と思うと可笑しかった。 「ほら、この辺住宅も多いでしょ?そういうのも大事なんですって」 ふふふと笑ってお姉さんが留守番をしている理由を話した。 「もうすぐ戻ると思うから、ゆっくりしていって」 「はい、ありがとうございます」 カウンターに腰を掛けてビールと、海老グラタンを注文する。 「春名くん、グラタン好きね」 にっこりと笑って言うお姉さんは、見入ってしまう程に綺麗だが、少しズレているところがあって、美しすぎて近寄りがたい雰囲気を和らげている。 「あ、はい、子どもの頃からグラタンが好きで、舌が子どもって笑われますけど… 修司のグラタンは格別に美味しいです」 照れて顔を少し赤らめて言う俺の言葉に、ふふっと嬉しそうに笑う。 「修司、あんな感じでしょう?」 お姉さんが徐に話し始めた。 あんな感じ?どんな感じを言っているのだろうかと思って、何も言わずにお姉さんの言葉を待つ。 「修司が幼い時に母親が亡くなって、私も家の事とか学校の事とか忙しくてあまり構ってあげられなかったの」 お母さんが亡くなっている事は、高校の時に誰かから聞いた記憶があるけれど修司本人から聞いた事はなかった。 「中学まで父親の仕事の関係で転校が多くて、敢えて人と深く関わるのを避けてきたみたいで心配してたのよ」 転校が多かった事も知らなかった。お姉さんは高校生になった時に元々の自宅に残り、父親と修司だけが転勤で転々としていた様だった。その時修司はまだ小学校二年生だったと言う。 「あれだけ人気のあった修司ですから、どこでも人気者だったでしょう」 高校時代の修司は本当に凄かったから、そう答えた。 「そうみたい。転校してからもたくさん連絡が来てたみたいだし」 女子生徒からだろうな、と思って少し気が滅入った。
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