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お姉さんの話しは続いた。
「でも、特に親しい友達を作る事もなくて、高校に入って転校する事がなくなったらどうかなって思ってたけど、変わらずに誰とも深くは関わらない修司が心配だったわ」
食器を拭きながらお姉さんが、眉を下げて静かに話し続けるのを黙って聞いていた。
「だからね、春名くんが親しくしてくれて嬉しいのよ」
親しく?お姉さんはどういう意味で言っているのだろうかと目が泳ぐ。
「春名くん… 慶人くんの話しが多くて、私も安心してるの」
『春名くん』から『慶人くん』と変わり、動揺が隠せない。話しも多いとはどういう事なのだろうと笑顔も引き攣る。
「ぶ、部活の同窓会で、さ、再会して、それから話しが合って、楽しくて、お、お邪魔しています」
少し吃ってしまったが、お姉さんはどう思っただろうか。
「たまに高校時代の同級生が来てくれているみたいだけど、慶人くんの話しをする時の修司は、とびきり楽しそうなの。何でかしら」
… 何故?
俺が訊きたい、更に顔が引き攣った。
それに、不定期的に俺が店に来なくなる、修司に女がいる時の事、そういう事だって気付いているのではないか?瞬時に色々な思いが頭を駆け巡る顔は強張っているだろう。
そんな事も気にせずに、ふふふ、と何が可笑しいのか分からない所で、お姉さんは両手を口に当ててよく笑う。
入口の扉が勢いよく開いて修司が現れた。
「慶人!来てたかっ!」
嬉しそうな顔を見せてくれて俺も嬉しくなる。
「ん?何でサラダ食ってねぇんだよ!最初に絶対サラダを食え!」
最初に野菜を摂る様に煩い修司が、カウンターの料理を見て眉を顰めた。
「姉貴も、サラダを食べさせてくれよ!」
「はいはい、慶人くんには本当に厳しいわね、修司は」
呆れた様に、それでいて楽しそうに言うお姉さんの胸中が分からない。俺達の事を知っているのか、知らないのか、どう出て良いのか分からない。
空いた席の食器を片付けながら、お姉さんが俺に話し掛ける。
「修司の事、よろしくお願いしますね」
「は、はい… 」
どういう意味で言っているのだろうかと、修司の顔を見た。
修司は眉を上げ、ん? という顔をするだけで、姉弟揃って俺の胸の内を掻き乱す。
「じゃあ、私はこれで帰るわよ」
お姉さんも歩いて来れる距離に住んでいるらしい。
「ああ、さんきゅ」
チラリとお姉さんを見て修司が微笑んだ。
「お姉さんは、お願いすると直ぐに来れるのか?」
店が忙しくなるかどうかは、その日にならないと分からないのではないかと思って訊いた。
「ああ、すぐ側の自宅で昼間、料理学校やってて、夜は融通が利くんだ」
「料理学校!?」
初めて聞いた。
修司の実家も店の側だったのを知る。自宅をリフォームして料理学校を開業したという。だからこんなに料理が美味しいのか、そしてやはり姉弟、修司も料理が得意なのだな、と思う。
「この店のつまみのメニュー、俺も考えてるけど姉貴の案の方が多いかもしれない」
顔をクシャリとして笑った。
「どれも美味しいよな」
「何が美味しい?」
「どれもだよ」
「特に、何?」
ああ、これは修司が考えたメニューか、お姉さんが提案したメニューかを確かめたいんだなと思って、答えるのに緊張した。
「海老グラタン、かな」
修司お手製なのが分かっていたし、本当に一番お気に入りだった。
「やっぱなー!慶人はよく分かってるよな!」
滅茶苦茶嬉しそうに言うので、安心したのと嬉しかったのとで、思わず笑みがこぼれた。
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