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それから何度かホテルで、岡野主任と関係を持つ。ホテルと言ってもラブホテルではなくてシティホテル、そんな所が大人でスマートに感じられて自分も少し大人になった様な気になって勘違いをする。勿論、嫌ではなかったけれど、修司を想う様には思えなくて、主任には後ろめたい気持ちになる。
とても大事にしてくれるし大人な主任は俺を甘えさせてくれて、心地良かった。
ただ、見えない所だけれど身体中にキスマークや爪痕を付けるのは難点で困った。
「今夜は何食べたい?」
主任が嬉しそうな顔で訊く。
「主任は何がいいですか?」
「ほらまたぁ、二人の時は彰って呼んでよ」
「あ… 彰さん、は?何食べたいですか?」
「敬語もなしっ!」
本当に嬉しそうで、同じ様に思いに応えられない俺は、罪悪感を抱く。
「んん、ん… ああ、はぁっ、… ああん、やっ、やめっ… もぅ、む、りっ… 」
「慶人、可愛い」
「ねぇ、キスマーあ、ん、クっとか、はぁあっ!… ん、んん、つ、あぁん、爪の… はぁあ、あ、痕と、っか付け、んんんんっ!ない、で… 」
身体中を愛撫され、気持ちがよくて善がり声になり、「キスマークとか爪痕とか付けないで」とちゃんと言えない。
「だって、慶人は俺のもんだもん」
そう言って熱い深いキスをした。こんな風に修司に言われたら… と、ふと思ってしまう。
「頭の中の誰かさん、今は忘れて」
そう言われて、ドキリと顔が固まって主任の顔に見入る。
「… 分かってるよ、慶人に想う人がいるのは… 」
優しく頬を撫でながら、寂しそうな顔と声で、躊躇うように言われて涙が込み上げてきた。
「あ、あの… 俺… 」
「だから、今は俺に集中して、お願いだから… 」
申し訳ない気持ちでいっぱいになり、すっかり萎えてしまって、この日はスる気になれなくなった俺の気持ちを汲んでくれて、ただ俺を抱き締めて、二人眠りについた。
次の日、廊下で彰さんとバッタリ会う。
「春名君、請求する精算書はない?大丈夫?」
ごく普通に、優しい笑顔で訊かれて「はい、大丈夫です」と答えた。
「うん」と笑って、肩をぽんぽんと叩いて横を通り過ぎて行く。
俺の横を小走りで過ぎる女子社員が彰さんに声を掛けた。
「岡野主に〜ん!」
「ん?」
と振り向いたのが分かった。
「主任!今度ご飯、一緒に行きましょう、ねっ!」
思わず振り返った時に彰さんと目が合って気まずくなった。
「そうだな〜、こう見えて俺、結構モテるから順番だぞ」
女子社員にそう冗談を言って笑わせている。
そんな様子を見ても、掻き乱れる心も嫉妬を感じる思いもなくて、また申し訳ない気持ちになってしまう。
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