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このままではいけない、彰さんを傷付けてしまうだけだ、ちゃんとしなくては… 。
彰さんとの関係は終わりにしようと思った。
「慶人から誘ってくれるなんて、滅茶苦茶嬉しいな」
仕事終わり、二人で肩を並べて歩きながら、彰さんが嬉しそうに笑って言う。
『今度時間作れますか?』
そうメールを送ったのだから、普通にご飯とかセックスでないのは察していると思えた。
「あの… 俺… 」
何て言い出せばいいんだろう、考えても考えつかなくて現在になってしまった。
「また『すき焼き』食べるか?あ、あそこ『しゃぶしゃぶ』も美味いんだぞ!」
話し途中の俺の言葉を遮り、ずんずんと進んで行く。
「彰… 岡野主任」
『彰さん』ではなく『岡野主任』と呼び直すと、彰さんの足がピタリと止まって半分だけ顔を後ろに向けた。
「今日が最後でいいから、一緒に食事してくれないか?」
彰さんの言葉が胸に刺さってしまい、それでもこれは断らなくては、と思うのに目の前にある彰さんの背中が切な過ぎた。
「… でも… 」
「最後の、お願いだよ。慶人と一緒にいたいんだ… 」
そんな風に誰かに懇願された事が無かったから、どうしていいか分からずに黙って後に付いて行ってしまう。
でも、どうするんだと頭の中で考える。あの座敷で向かい合わせで『しゃぶしゃぶ』なんて食べながら話す内容でもないし、愉し気に話す訳にもいかない。黙ったまま前後で彰さんと歩いた。
「岡野主任… 」
やはり意を決して声を掛けた。彰さんの足が止まる。
「すみません… 俺、岡野主任の気持ちには… やっぱり… 」
『応えられない』そのひと言がどれだけ切ないか、苦しいか、分かっているだけに一瞬言葉にするのを躊躇った。
でも言わないのはもっとズルい、相手を苦しめる。
「岡野主任が、俺を想ってくれている様に… 俺は、応えられません… だから… 」
「慶人に想っている人がいるのは分かってるって、言っただろう?」
俺の方に向いて、優しい声でそう話す。
その優しい声に、何も言い返せなくて少し俯いた。
「それでも俺は、慶人といたいんだ。慶人といるだけで幸せなんだ」
まるで自分の事だと思って顔を上げると、俺を見る彰さんの目が哀し気で辛い。
修司といたい、修司といるだけで幸せだと思う同じ自分が目の前にいる。でも俺はそんな目で修司を見た事はない。もしそうしていたら、修司はどう応えたのだろう、そんな事を思った。
彰さんを好きになれたら、どんなに良かっただろうと思う。
それでも俺は修司が好きで、どうしても忘れる事なんて出来なかった。
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