高校時代

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「春名、頑張れよ」 最後の大会に臨んだ榊が、負けて学校に戻ってくると部室に顔を出した。 「残念だったな」 「ああ、勝てばインターハイだったのにな、悔しい」 顔をくしゃっとして笑った。 本当に悔しいだろうに、そんな様子は微塵も見せずにどこまでカッコ良いのだろうかと見惚れる。 「お前は?いつ?」 「来週だ」 「インターハイに行ったら、俺、応援に行くわ」 「ほっ!本当かっ!」 もの凄い喜びいっぱいで答えてしまい、一瞬、榊の動きが止まり(しまった)と思う。 「ああ、だから勝てよ」 それでも榊はそう言って笑ってくれた。 勝ちたい!これほどまでに勝ちたいと思った事が、未だかつてあっただろうかと思う程の勝利への執念。恐ろしい程の稽古の熱心さに周りもつられて、剣道部の活気たるや凄まじいものになっていた。 … 負けた。 部室で荷物を纏めていると、後ろに気配を感じる。 「残念だったな」 榊がわざわざ来てくれた。 「榊っ!」 またも嬉しい声を出してしまって、目が泳いだ。 (喜び過ぎだ、俺) 「これからは大学受験だな」 片方の眉と唇を上げて、半分憂鬱そうに榊が言った。 「榊は推薦か?」 バレーボールでは結構な成績を収めていたので、推薦で何処かの大学に行くのだと思っていた。 「いや、バレーはもうやらない」 「勿体無いな」 「んなことねぇよ」 軽く榊がそう言って笑うと、沈黙が流れた。 「お前こそ剣道で推薦じゃねぇの?」 居心地の悪い空気を破るように榊が訊く。 「いや、俺も高校で終わりだ」 「それこそ勿体ねぇな。ガキの頃からやってたんだろう?」 互いに褒め合って面白いなと、二人でははっと笑った。 「一緒になんか食って帰る?」 えっ!? 榊からの誘いを受けて、俺の胸の騒つきが激しい。 「い、いや… これから寄る所があるから… 」 榊と二人で食事なんて、とても無理だった。絶対に想いがバレてしまうと思って誘いを断った。 「そっか、残念」 眉を下げて少し口を尖らせた。 可愛い… そんな可愛い顔もするのか、新しい発見をしてしまう。 勿体無かったけれど仕方ない、これでいいんだと、寄せてはいけない想いにじっと耐えた。 同じクラスになった事は無い。部活の練習と部室が隣り同士で顔を合わせるだけだったから、会話をする事もなくなる筈だ、そのうちに榊への想いは忘れられるだろうと思っていた。 しかし、廊下ですれ違う度に 「よぉ、春名ぁ〜!」 と笑顔で腕を首に回して抱き付くと、背中をパンパンと叩く。 俺より背の高い榊の口元が俺の額に付いて、おでこにキスをした様になり周りの生徒から悲鳴に近い歓声が上がった。 忘れられる筈だった想いは、直ぐに引き戻されてしまう。 卒業式。 沢山の人達に囲まれた榊を遠目に見た。 泣いている後輩の女子生徒もいた。持ちきれない程の贈り物を手にして、囲んでいる人達の頭を撫でている。 ふと目が合って、榊が俺の傍に寄ってきた。 「元気でな」 「君も」 これで本当に最後だ、もう会う事もないだろう。 きっと忘れられる。 これでいい、これが正解だ。 あの日の切なさは今でも忘れない。
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