我慢の限界

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我慢の限界

梅雨も明け、酷く暑い日が続く。 猛暑日が、十日以上も続いていた。 あれから修司は女を作る事もなく、俺との時間だけを過ごしている。ここの所は二人揃ってジムで身体を鍛えたり、映画や買い物なんかに出掛けたりと、恋人同士のような、それは楽しい日々を送っている。 それでも、そんな日が続けば続くほど、俺は修司に女が出来てしまう事に恐怖さえ感じる様になった。 この幸せな時間が、空間が、心が奪われてしまうと、毎日怯えて過ごす様になってしまった。 「女に子どもが出来た」 ガバっと身体を起こした。酷い汗と荒い呼吸。 … 夢か… 。 滴り落ちるほどに汗を掻いている。はぁっ、はぁっ、と肩で息をしながら、周りを見て修司の部屋だったと思い出す。 横を見ると修司がベッドにいない。 何故っ!? ベッドから出ようとした時、寝室のドアが開く。 「お、起きた?起こそうと思ってたんだよ。慶人、酷くうなされてたけど大丈夫か?」 タオルと替えのシャツを持って、修司が入って来た。 「なんか、悪い夢でも見てたか?」 そう言いながら、俺の汗だくのシャツを脱がし、顔や身体の酷い汗をタオルで優しく拭く。 (修司、好きだ) 今となっては、もう、今更で… その言葉を口にも出来なかった。 そんな言葉を今更言える程、俺達の関係は、初々しくも心が清らかでもなくなっていた。 俺は、限界に来ていたのだと思う。 週末、この日はいつも以上に暑くて、外回りもキツかった。 仕事も遅くまで掛かり、キンキンに冷えたビールを飲みたいと思い、修司の顔を見たいと思い、修司の声を聞きたいと思い、閉店間際の修司の店に足を運んだ。 「お疲れ、今まで仕事?」 「ああ、ちょっとトラブルがあってな。悪いな、こんな時間に… 」 そうか、大変だな、と修司がビールをジョッキで出してくれる。 格別な、あまりの美味しさに笑みは溢れた。 溢れたけれど、今夜はこの一杯で帰ろうと思う。 「ご馳走様」 椅子から立ち上がって帰り支度をする俺を、キョトンとした顔で見る修司。 「え?帰んの?」 「ああ、片付けたい仕事があるんだ」 「終電、間に合わないんじゃね?」 時計を見ながら修司が言う。 「そうか、じゃあタクシーで帰るか」 このひと言に修司は少し腹を立てた様に見えた。 「は?ウチ来りゃいいじゃん、明日休みだろ?」 「ちょっと集中したい仕事なんだ」 「俺がいたら集中出来ないとでも言いたいのかよ」 声が苛立っていた。 今日は暑かった。酷く暑くて、酷く疲れていた。 「そういう訳じゃない」 「じゃあ、来いよ。お前の好きなモン作るから」 カウンターから出て来て、微笑みながら俺の頭を撫でる。 「なんだかんだ言って、セックスするだろう」 そう言うと、修司は口を尖らして「そんな事しねぇよ」と頬も少し膨らました。その言葉にも無反応な俺に、 「しないって!絶対に!だから、なっ!」 一生懸命に俺を引き留める修司に強めに言った。 「いや、今日は帰る」 「っんだよっ!」 苛立ちが抑えられないのか、目の前にあったおしぼりを、カウンターに投げ付けた修司。 「修司の顔を見に来るのだけは、駄目なのか?」 冷静に言っている自分に気付く。
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