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訣別
「修司の顔を見に来るのだけは、駄目なのか?」
淡々とそう訊くと、スッと視線を外して気まずそうな顔を見せた。俺とセックスをしたい自分を誤魔化したい様にも見えた。
「俺は、修司の何なんだ」
ついに、訊いてしまった。
でもいい、これではっきりさせよう。
「じゃあ、俺はお前の何?」
顔色ひとつ変えずに、逆に修司に訊き返される。
「何になってくれるんだ?」
「何になって欲しいんだよ」
話しが堂々巡りになり、前に進まない。
「修司にとって俺は、ただの暇潰しだろう」
その言葉に修司が眉を顰めた。流石に癇に障ったようで、
「は?何?それ」
「俺は修司の暇潰しだ。綺麗な可愛い女を悦ばせるのに疲れると、気晴らしで俺を呼びつける」
修司の目がカッと見開き、握り締めた拳が震えているのが分かった。
「そんな風に思ってたのかよ」
怒りが収まらないような修司が、吊り上がった目で俺を見た。
「俺は修司のおもちゃだ。散々遊んで飽きたら何処かに放り投げて、他の遊びを見つける。それにも飽きたらまた俺を拾って遊び始める… もう、… うんざりだ」
こんな事、言うつもりなど微塵もなかった。
いつか、気持ちを伝えられる機会があれば、最後になるかも知れない覚悟を決めて、きちんと修司を好きだと、愛していると伝えようと、そう思っていた。
「うんざり?… ふぅん、うんざりか… そうか、ああ、そうか、じゃあ、逢うのはもうこれで終わりにしようや」
おそらく、日中には暑過ぎて鳴けない蝉が今頃になって、けたたましく鳴き始めた。
そのせいだ、修司の声は酷く遠くに聞こえた。
「… そうだな。では。」
俺は、静かに店を出た。
酷く疲れていたんだ。
修司に抱き締めて欲しかったのに、愛して貰いたかったのに、今までそうして欲しかった時に、君がいなかった事に慣れてしまっていた。
そうして貰える時に自分から遠ざけてしまうなんて、俺はつくづく恋愛に向いていない。
もう、人なんて好きにならない、そう決めた。
いや、そもそも修司以外の人間を好きになった事などない、忘れればいいんだ。
修司の事を忘れればいい、それだけの事だ。
駅へ向かう。最終電車には間に合わない。既に閉まってしまった駅のシャッターの前で、もう涙も枯れた瞳を閉じると一度大きく深呼吸をした。
歩いて帰ったらどの位かかるのだろう。
太陽の陽を受けたアスファルトが熱を放出している。下からの生温い空気を感じながら、暗い道を、俺は何も考えずに歩き続けた。
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