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切ない想いの始まり
「さっすが、我が校の二大巨頭が並ぶと映えるねー!」
トイレに行き席へ戻る時に、榊が「何か飲む?」と傍に寄り声を掛けてくれて、俺と二人で並んだ時に声が上がった。
「二大巨頭?」
何の話しだと思って俺は怪訝な顔で皆んなの方を向いた。
「な、コイツ自覚ないだろ?」
榊が俺の肩に腕を回して抱き寄せると、人差し指で俺を差して笑い始めた。
「俺とお前、二大巨頭って言われてたの知らねぇだろ?」
「榊はなー、思いっきりそれに応えて、女を取っ替え引っ替えしてたけどな、そういや春名って彼女いた?」
「取っ替え引っ替えって人聞き悪ぃな」
俺の肩に腕を回したまま、俺に彼女がいたかと訊いた仲間に文句を言っている。
何の話だろうかと訝しむ。
「お前、人気あったの気付いてなかっただろ?」
そう言って俺に振り向いたので顔が近い。榊の息が耳にかかりドキドキした。
「俺が?」
少し榊の方へ振り向いた時に、榊の顎が俺の額に当たってしまって慌てて前を向き直した。心臓の鼓動が激しい。
そういえば何度か告白された事はあったのを思い出す、高校一年生の時だったか。あの時は「恋愛に興味は無い」とその度に、はっきりと断っていたのがいけなかったらしく、それから俺に寄ってくる女子はいなかったが、榊ほどでは無くても変わらず人気はあったらしい。
「疎いんだよ、お前、自分に好意を寄せる人間に」
疎い?
榊の言っている意味が理解出来なくて、作り笑いをして、続いた榊の言葉。
「俺とお前がハグなんかしてみろ、皆んな急いでスマホで写真を撮りまくってただろ」
ああ、廊下ですれ違っていた時の事か。
そうか、そういう事だったのか、それで俺に抱き付いて来ていたのか。
周りを喜ばす為に、そうか… そういう事か… 。
知らなくていい事を知ってしまった。
友人として、榊のお気に入りの自分なのかと、そんな風に勝手に思って浮かれていた。
「何飲む?」
愉快で堪らなそうな榊の声に、「この後、予定があるんだ」と動揺を悟られないように至極平静を装って漸く答えた。
「そうか、残念だな。良かったらまた店に来てくれよ」
肩と頬を軽く叩かれ、引き攣った笑顔を見せた。
仲間に軽く挨拶をして店を出る。
時間がまだ早かったせいか家路に向かう人も多く、その波に逆らい、縫うようにして駅へ向かった。涙が溢れた。何故だか涙が溢れて仕方なかった。
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