切ない想いの始まり

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それから何日も、つまらない日々を過ごした。就職の内定も貰い、単位を落とさない様にして卒業を待つだけ。卒業まで何かアルバイトでも始めようかと、ふっと頭を過ぎるが行動に移せない。 榊の事が頭から離れなかった。 『また店に来てくれよ』 そう言っていた。いや、社交辞令だろう。 行ってどうする?時が経てば忘れられるだろう、もう会わない方がいい、想いが報われる事は絶対に無い、また傷付くだけだ、切なくなるだけだ、何度も頭の中で繰り返された。 『会うな』と自分を守りたい俺が囁いている、歯を食いしばり頭を掻きむしった。   カチャっと少し重たい木の扉を開き、中からの音楽が聞こえてきた瞬間、胸が詰まる感覚と、頭から思考が飛んだような、ふわふわとした感覚が入り交じり、変な気分になった。 やはり、来てしまった。 「いらっしゃ… 春名ぁーっ!」 すぐに俺に気付き、カウンターから飛び出し抱き付いてきた。 やめろ、スマホで撮る女子はもういないぞ、心の中で呟きながらも高鳴る胸の鼓動を抑えられない。 こんなお出迎えだとは予想だにしなかったので、用意していた話す内容をすっかり忘れてしまった。   「こ、この間は途中で帰ってすまなかった。」 この挨拶は覚えていた。あとは何だったか… 何で話を繋げようとしただろうか、抱き付かれた驚きで頭が真っ白になり思い出せない。 「まったくよー、春名帰っちまうから、つまんなかったぜ!」 ニコニコの顔で榊は、左手を俺の肩に乗せ、右手で身体中をパンパンと叩きながら言った。 「まぁ座れよ」 カウンターの椅子を引くと俺の両肩に手をやって座るようにと下に押した。 「何飲む?」 カウンターの中に戻りながら、嬉しそうに訊く。えーっと、と考えると 「俺さ、最近カクテルとか作ってんだよ、どう?」 「あ、じゃあ、お願いしようかな」 「いや、でもまずはビールだよな!」 顔の前で手をぶんぶんと振って笑う。何なんだよ、と少し眉を顰めたけれど、歓迎してくれているのが分かって、途轍もなく嬉しくなる。 半分以上埋まっている席をチラリと見て、なかなか繁盛しているんだな、と感嘆する。 「あら?修司(しゅうじ)のお知り合い?」 綺麗なモデルさんの様な女性がカウンターの奥から現れた。 一緒に働いているようで、黒の首掛けエプロンを前で結んで着けている、その女性が榊の横に立って訊ねる。 そうだ、何でそんな事も想像出来なかったんだ。 榊に彼女がいない訳がないだろう、胸が激しく締め付けられた。
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