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「この若さで店を切り盛り出来るなんて本当に凄い、尊敬するよ」
心からそう思って言った。
「嬉しい事、言ってくれるじゃん」
悪戯気な笑顔を見せてカウンターに肘を突き、手の甲に顎を乗せると俺の顔を凝視した。
え?
吸い込まれそうな榊の瞳に、動けなくなる。
「お前さぁ、ホント綺麗な顔してるよな」
え?
榊にそんな事を言われて、見つめられて、心臓の鼓動が速く激しく打ち始めた。
「さ、榊に、い、言われるなんて、光栄だな」
目が泳ぎまくり、汗が出て笑顔が引き攣る。
「俺、お前の顔に生まれたかったわ」
嘘だろう!そんな事あるわけない。自分の顔が榊の顔だったら、どんなに人生変わっただろうかと、世の中の男達は皆思う筈だ!
「だから沢山、顔見せに来てくれよ」
優しい微笑みを投げる。客として、だよな、勘違いするな、ドキドキして汗ばんだ顔をおしぼりで拭った。
来て良かった、今日は沢山話せた。高校の頃と格好良さは変わらない、いやあの頃よりも更に磨きがかかって見ているだけで幸せになれた。
部活の同窓会の時とは打って変わり、弾むような足どりで家路に就いた。
翌朝、スッキリと目が覚める。俺は心も身体も弾んで、周りの景色も輝き始めた。
本当なら毎日の様に榊の店に行きたかったが、財布がついていかないし、変に思われるので週に一度位で我慢した。
それでも、「いつもありがとうな」と榊に喜ばれて何より嬉しい。
「よぉ、いらっしゃい」
秋風が朝晩には冷気を運ぶ頃、すっかり常連となった俺は慣れた様に店に入る。
同窓会以来、たまにバレー部や剣道部の仲間が顔を出しに来るらしいが、俺が顔を合わせる事はなかった。
「ビール?」
「ああ、自分でやるからいいよ」
その頃にはカウンターの中に入り、勝手もさせて貰っていた。
「研修とか始まってんだろ?」
「ああ、昨日一日研修だった」
就職が内定している会社の話し。こんな他愛のない話が途轍もなく楽しいし幸せに感じる。
「スーツ?」
「ああ」
「へぇ〜、春名のスーツ姿、見てみたいな」
片眉を上げて言われる。ドキッとして少し顔が強張ってしまった。
「カッコいいだろうな〜春名のスーツ姿」
天井を見ながら想像する様に言われて、胸の鼓動が速くなり落ち着かない。
「そ、そんな事ない、ハードルを上げないでくれ」
いつかスーツ姿を見せた時にガッカリされたくなくて予防線を張った。
俺の様子は明らかに変だっただろうに、榊は俺を優しい瞳で見つめていた。
やめて欲しい、勘違いするから。
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