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怒らせてばかりの出来事
その日は雨で榊の店の客足は鈍く、俺の他に三人組のサラリーマンがいるだけだった。
「今日はもう店、閉めるかな」
榊が片付けをしながら言う。
「ご馳走さん、いくら?」
三人組のサラリーマン達は帰るようで、上着を手に取りながら支度を始めた。
「俺、払っておくから先に帰ってていいよ」
その中の一人が他の二人に言っていた。榊がチラリと視線を送ったのが分かる。
三十代前半だろうか、綺麗な身なりで髪なんかもちゃんとセットされている。
「雨、止まないねぇ。はい、お代」
そう言いながら残ったサラリーマンが、トレイにお金を乗せてカウンターに置くと、俺の座る席のひとつ空けた隣りに座った。
「君、マスターの恋人?」
へっ!?何を言い出すのかと思って驚いたし、言われた内容が榊に失礼だと思って慌てて否定した。
「ち、違いますよ!とんでもない!」
顔の前でぶんぶんと手を振った。
片付けをしながら、榊は目だけがチラチラと動いている。
「ふぅん、でも知り合いっぽいよね」
「あ、あの… 高こ… 」
高校の同窓生です、と答えようとした時に榊が怒鳴った。
「春名っ!!」
「へぇ、君、春名くんって言うんだ」
そう言いながら男がニヤリと笑うと同時に、しくじったとばかりにチッと榊の舌打ちが聞こえた。
「あ、あの… 」
隣りの男の意味が分からないのと、怖い顔した榊を見て、顔が引き攣り身体が固まってしまい動けない。
「可愛いなぁ〜、俺と遊ばない?」
人差し指が俺の頬に触れる寸前に、パシーンと何かの音がした。
「痛っ!痛いじゃないか!何するんだ!」
榊が男の手を叩いて払い退けていた。
「こちらのお客様のご迷惑になりますので、おやめください」
男を睨みつける榊の顔は酷く怖かった。
「な、何だよ!やっぱり恋人なのかよっ!」
「お代要らないんで、お帰りください」
睨みつけたまま、榊が置かれていたトレイをそのまま差し出すと、男は急いで金を掴んで立ち上がった。
「こんな店!二度と来ないからな!」
吐き捨てる様に言って男が店を出て行って、榊と二人だけになる。
例えようのない位に空気が重かった。
怒りが収まらないような榊は動かずに店の扉を睨んでいる。
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