天神

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 そのような怨霊に恐れ悄然と過ごしている王を、虚空から眺めながら数年を過ごしていた老人は、はたと思いつき梅の精を呼び出した。平伏する娘に、毅然とした声で問い掛けた。 「そなたは愛宕山の雷神に繋ぎを付けられるか」 「はい。私ども木々や草花にとって、命の水をお与え下さる神であり、日頃より尊崇の念をもって敬っております。なれど、雷神様とは、如何お考えになっておられますのか」 「余は、王の玉の緒を絶やすことを、仇怨の留めとしておった」 「王ですか」  娘が、溜息を漏らしている。 「然れど、国の要となるお方に、やはり余自ら手を下す訳には参らぬ。そこで、雷神に憑依して宮殿へ鉄槌を下し、王の取り巻きを取り払うことにいたす。さすれば、恐れを成している今の王では、命脈が尽きるはずじゃ」 「承知致しました。愛宕山の雷神様にお頼み致します」 「このこと、既に天帝様にはお許しを頂いており、違うことがあれば、この許しのことを申せ」 「判りました」  娘は、その足で都の北西に聳え、都を囲繞する山々の中で最も高い愛宕山に向かっていた。その姿は、嵯峨野を過ぎた辺りで、いつの間にか単衣から軽衫に変わり、人目に晒されない時には歩くと言うより飛ぶが如く進んでいた。清滝川から山道に入ると、まるで陽炎が立ち登る気流に舞い上がるようにして、立ち所に山頂へと至っていた。そこには小さな祠が設けられ、雷神が祀られている。娘は、この祠に手を合わせていると、何処とも知れない所から威厳のある声が聞こえて来た。 「山道の登りから見ておったが、人とは思えないお前は、いったい何者だ」 「私奴は梅の木の精にございます。雷神様には、日頃、命の水を賜っており万謝致しております」 「ほう、梅の木の精か。それが我に、何の用じゃ」  姿を見せない雷神に、娘は天帝の許しを言わざるを得ないと感じている。そこで、祠に向かい渾身の気を乗せて語り掛けた。 「この話、既に天帝様には、お許しを頂いております」  すると祠の周りに茂る木々の一角に黒雲が沸き立ち、その雲影からは髪を逆立たせ、険しい巨眼で睨み付ける雷神が姿を現した。 「今、お前は何と申した」 「天帝様のお許しを得ていると話しました」 「そうか。我の遙か天空におられる天帝様のお許しなら聞かざるを得ないことだ」  急に素直な挙措を示した雷神に、娘は老人の左降となった経緯と抱いている仇怨、それにここまでに成したことを全て打ち明けた。 「そこでお願いと申しますのは、そのお方に憑依のお許しと落雷の当て所を委ねて頂きたいことにございます」 「我に憑依すると」 「私奴は、木霊であり霊媒の能も持ち合わせております」 「それなら話は承知した。なれど、お前も知っておろうが、雷を起こすには気候が馴染まなければならぬ。今少し待てば長雨の候になり、その頃にこの山の裾野で待っておれ」
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