僕が俺で、俺が僕

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 ユキオは中学三年の夏休みに、父と登山旅行に行った。ユキオが幼い時に父は離婚し、今は再婚して、歳の離れた妹がいる。義母は、ユキオを実の子どものように可愛がってくれるが、最近は、鬱陶しいと感じることが増えた。そんな事情を察してか、父がユキオを山に誘ったのだった。  ユキオは実母の記憶が薄い。たった二枚の家族写真から、実母を想像するだけだった。一枚は、三歳頃、もう一枚は四歳頃だろう。どちらもピースをしていて、体の大きさが一年分違っている。誰に撮ってもらったのか、一枚は、父の頭が少し切れているし、もう一枚は、人よりゴミ箱が主役になっている。構図があまりにも酷い。でも、実母を見る大事な写真。父は義母に気を使ってか、実母の写真はこれ以外はないという。  一人っ子のユキオには、おもちゃやおやつを取り合った記憶があるのが不思議だった。近所の友達との出来事だったのだろうか。父が実母となぜ離婚したのか、あやふやな記憶を確かめなかったのは、義母が嫌いではなかったからだった。  登山客がちらほらいる山頂の木陰で、宿で作ってもらった弁当を広げた。昨日、家を出てから特に話すこともなく、今も相変わらず父は無口なままだ。 「どうしてお母さんと別れたの?」  日常からかけ離れた山の空気がユキオに重い口を開かせた。 「どうしたんだ、急に」 「家では聞けないことだから」 「そらそうだ。気を使わせてすまないな」  と言って父は言葉を選んでいるように見えた。  その時、一頭のイノシシの子どもが現れて、ユキオの食べ終わった弁当の包みをかっさらった。鼻先で臭いを嗅いでいるウリボウを触ろうとすると、父は残っていた自分の握り飯を遠くに投げた。ウリボウはそれを追って、藪に消え、ユキオはその後を追った。後ろから、父の声がした。 「危ないぞ、近くに親がいるかもしれん」
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