僕が俺で、俺が僕

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 幹雄は、ユキオの家の前に立っていた。ユキオが離れたところからガッツポーズをしている。こっちは騙す相手が三人。不安がよぎる。今は義母と妹だけだが、もうすぐ父が帰宅するらしい。まずは、二人か。  玄関ドアを開けると、すぐに犬が近づいてきた。不思議そうに匂いをかがれているところに、女の子が走り出てきた。初めて見る妹をかわいいと幹雄は思った。 「お兄ちゃん、お帰り。今日はすき焼きだよ。お兄ちゃんの誕生日だから、だって」 「お帰り、お父さんも今日は早く帰ってくるって」  ユキオの義母がニコニコしている。これが普通の家庭なんだ、ユキオに少し焼きもちをやいた自分が恥ずかしかった。 「チビが、なんか変よ、お母さん。お兄ちゃんが帰ってきたら、いつもはしゃぎまわるのに」  と言って、妹がチビの頭を撫でている。洋服はユキオの臭いがするのに中身は別人だから、混乱しているのかもしれない。  食卓には既にすき焼きの準備ができていた。義母と妹は、簡単に騙せそうだ。チビも少しずつ距離を縮めてきている。不安がじりじり高まりだしたとき、父が帰宅した。  玄関まで出迎えに行っていた妹とチビが戻ってきて、父も部屋着に着替えて席に着いた。幹雄は、恥ずかしくて父を直視できなかった。箸を持つ父の手を見つめた。 「お誕生日おめでとう」「カンパーイ」  甘辛い肉の匂いが食欲をそそる。父さんは無口だと聞いているし、今は酔っぱらっている。一対一より、ばれる確率が低そうだ。今頃、ユキオもうまくいっていることだろう。二人だけの誕生日会、きっと、ステーキでも食べてそうだな。  今日は、初めての泊まりだ。明日は早くに家を出て入れ替わらなければ、これ以上演じ続けるのは疲れる。同じ頃、ユキオも同じことを考えていた。
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