第7章 漆黒の神域

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(★)弘紀に促されるまま、布団に手をついてみた。柔らかな綿が沈み込んで、最底にあるはずの畳の感触も手に届かない。 「しばらく奥は使われていなかったので、係りの者が張り切って仕来(しきた)り通りに揃えたと聞きました」  修之輔もその仕来りとやらに沿った手順を教えられてきたのだが、既に初手から有耶無耶になっている。 「いつも弘紀が使っている布団とは違うのか」 「私室で使っているのはこんなにふかふかしていなくて、しかも一枚だけです」  そこで弘紀はいったん言葉を切り、ちょっと首をかしげてから付け足した。 「羽代城での布団とほとんど同じです」  それは羽代城の弘紀の私室に修之輔が通っていたからこその言葉だった。確かに、綿は入っていたが幾分か固められていたように思う。 「父が江戸にいる時に揃えたそうです。父は若いころから江戸にいる期間が長く、だいぶ遊んでいたのだと勤めの長い奥の者に聞かされました。私が奥を全く使わないから、私も兄のような性質かと心配されたのです」  弘紀は奥を使わなくても、二日と開けずに修之輔の部屋を訪れていた。奥勤めの者達の心配も少々方向が違ったようだ。  弘紀の兄とは下屋敷にいる弘信のことで、子を成すことができないために奥方にも離縁されたというのが家中では公然の秘密となっている。だが奥を使わなかったのなら、そもそも互いに触れてすらいなかったのかもしれない。  あ、と弘紀が何かを思い出したのか、布団の上に座り直した。 「その兄なのですが、子ができたそうです」  それまで修之輔が考えていたことを覆えすようなことを弘紀が云った。 「今日、私が下屋敷をすぐに発ったのは、このことを兄から聞かされたからです。上屋敷に戻って家老職にある者達と今後のことを話し合う必要があったので、先に戻りました」  正室を廃した後での妾腹の子にはなるが、朝永家の嫡流は弘信にある。生まれたのが男子だったなら、その子を然るべき手続きでもって弘信の嫡子とし、次の代の当主とすることを確認したと云う。 「その子の母親は」  気になったことを聞いてみた。奥方はもう江戸にはいない筈だ。品の良い弘信の顔が思い出されて、まさか身請けした遊女の類ではないだろうという見当だけはついていた。 「下屋敷で薬草の世話をしている土岐という女人だそうです。いろいろ相談しているうちにそうなった、と兄が云っていました」  そうなったと言われても困りましたが、と、どこか楽しそうな弘紀の言葉で、下屋敷での出来事に納得することができた。 「今日、その下屋敷の畑で中間から土岐のことを聞いた。体調が悪く今は屋敷を下がっていると聞いたが、弘紀が土岐の名を知っていると聞くと喜んでいたが」  あれはどうして、と弘紀に聞いてみた。 「兄に聞いたところ、土岐は悪阻だそうです。心配はないそうですが無理をさせないために一度下がらせたと。それから、名も身元も分からない女人がいきなり先代当主の子を身ごもった、と云っても信じがたいでしょう。私はあの土岐という者を前に見知っておりましたし、身元も既に確認させています。私が土岐の名を知っている、というのは、土岐の言い分は保証されているのと、同じ意味になるのです」  言われてみればその通りで、羽代の最上位にいる弘紀が末端の一人一人の名前まで、まして出入りの激しい屋敷の使用人の名前まで憶えることは通常ないだろう。憶えていたのなら、それは何か特別な事情があるということになる。 「土岐は体調が落ち着いたら江戸勤番の誰かの養女にして、兄の側室に上がらせる予定です。子はまだ生まれていませんからどうなるか分かりませんが、男子であるなら兄の嫡子とし、その子が十二、三才ぐらいになった時に、私は朝永の家督を譲ることになります」  そう遠くはない日に弘紀が羽代の当主ではなくなるかもしれない。弘紀が自ら告げたその現実は、だが修之輔に軽い戸惑いすらも与えなかった。そんな修之輔の表情を見て弘紀が微笑む。 「……貴方のそういうところが、私は好きです」  修之輔は弘紀の微笑みが消えないうちに、その頬に指を伸ばして軽く触れた。弘紀は修之輔の手を取って頬に押し当てる。 「江戸に来る前に予定していたことが全て済んで、そして朝永の世継ぎのことまでも進展があって、ほっとしました」 「弘紀は江戸にいる間、ずっと忙しかったな」 「貴方も」  五枚重ねの真綿の布団に座る弘紀と目の高さが同じだった。首を寄せると互いの頬が触れ合う。 「ようやくこれで国に戻れます。羽代に、早く帰りましょう」  弘紀の声が耳元近くに聞こえた。 「弘紀はまだ遊び足りないのではないのか」  耳朶に柔らかく触れる感触。 「充分です。見たいものは見、聞きたいものは聞きました。……それよりも今は貴方に」  この部屋に来る前に教えられた仕来りも慣習も意味を失い、目の前の真綿布団の上、弘紀は帯を解きながら仰向けになった。柔らかな布団に沈み込む素肌は弘紀の健康な肉体の重さを伝えてくる。  肌はしっとりと汗をかき始めていて、触れる修之輔の手の平に吸い付いてきた。 「もっとはやく、こうしておけばよかった」  自分の首に回されたしなやかな弘紀の腕を取る。弘紀の腕からは薄い襦袢の袖が落ちて、露わになった肘の内側を唇でなぞるとピクリと弘紀の体が小さく震えた。弘紀は焦れて口を開き、深い口づけを修之輔に求める。一度、二度と触れるだけの接吻を与えてから互いの唇を重ねた。  弘紀の計画に、綻びは、ない。  唇を重ね舌を絡めながら抜かれた帯を布団の外に出し、弘紀の襦袢の前を大きく広げた。江戸に来てから愛撫を受けた夜の数を物語る様に、弘紀の胸の突起は二つとも固く存在を主張している。 「んうっ……!」  片方のそれを舐めると弘紀の体が震えた。舌で転がし唇で吸い、もう片方は摘まんで指の腹で擦る。繰り返し刺激を与えると、弘紀の口からは快感を伝える声が漏れてきた。その口腔内に指を入れて唾液を絡め取り、胸の突起に塗り付ける。  ぬらぬらとした粘液に包まれた突起は鋭敏な感覚を得て、先程より少し強く抓っただけで弘紀の背が強く撓った。その背を抱いて、腹に、脇腹に唇を触れて行く。  弘紀の邪魔をする者、弘紀を害そうとするものは、自分が排除する。今までそうしてきたように、これからも。  黒河で斃した十数名の刺客、皮一枚残してその首を切断した弘紀の次兄、そして十二社の闇の中、胸を刺し貫いた岩見。修之輔が思い浮かべようとしたそれらの姿は、すべて茫洋とした影のようなものだった。  弘紀と目線を合わせながら、既に先から透明な液体を滴らせている弘紀のそれを口に含んだ。先端を舐めながら茎をしごくと時折ぴくぴくと震える肉の熱さを愛おしいと思う。溢れてくる体液は微かに潮の味と、紛れもない弘紀の匂いがした。  足りない、と頭の片隅で囁く声がする。  他にもいるはずだ。弘紀の邪魔をするもの、自分たちの邪魔になるもの、自分がこの手で抹殺すべきもの。  けれど今は。  自分の体の下には瞳に涙を滲ませながら修之輔の愛撫に身を捩って応える弘紀がいる。いつもは凛々しい眉は快楽に顰められ、唇はどちらのものともつかない唾液に濡れている。  素直な反応も、甘い喘ぎ声も、体温も、そのすべてが愛おしい。  柔らかく体が沈む綿の布団。弘紀と体を密着させ、中の温度を確かめるように体を繋げる。 「はぁっ、……あ、んうっ」  弘紀のそこは柔らかく修之輔を咥え込む。ひと息に押し進めるとき、微かに抗いを含む反応は、そこに何かを挿入されることへの動物的な反応だった。 「まだ、うごか、ないで」  根本まで入ったそれでゆっくりと弘紀の中を掻き回していると、身体を震わせながら弘紀が訴えてきた。繋がったまま動きを止めると、柔らかな濡れた肉がみっしりと自分を包む感覚をまざまざと感じた。荒い呼気が少し収まると弘紀が修之輔の首筋に頬を寄せてきた。 「……もう、だいじょうぶだから」 「だから?」  その先の行為を口にするよう弘紀に促すいつもの戯れ。 「それを、もっと、奥まで」  弘紀の腰を両手で掴み身体を繋いだまま膝立ちになると、弘紀の下半身が空に浮いた。真綿の布団に沈む肩の他に支える物のない不安定さへの戸惑いより、修之輔の手に腰を掴まれ上下の加減なく突かれる刺激を弘紀は求めて自ら腰を揺らし始める。  立ち上がっている弘紀のそれが目の前で揺れ、その奥の孔には修之輔の物が咥え込まれている。修之輔は行灯の灯りで繋がる場所を照らし出し、そこを見るよう弘紀に促した。  繋がったところからは油と体液が交じり合って小さく泡立ち、動かすたびにぬちぬちと粘度の高い液体の音が聞こえてくる。修之輔が自分のそれを孔からゆっくり引き出すと、弘紀のそこは惜しむように内側からめくれて後を追う。絡んで吸い付く粘膜の感触に耐えてから、入り口を巻き込むように中へと深く挿し入れた。  弘紀が上げる快楽の声を聴きながら柔らかな肉壁の孔を擦り、声が途切れれば中のしこりを強く突いて弘紀に声を上げさせる。何度も繰り返される官能の刺激に弘紀の前からは白い体液が滴り落ち、孔は充分に滾っている修之輔を締め付けてきた。 「弘紀、すこし、緩められないか」 「っ、無理っ、だから、もう出して! 中に、ぜんぶ、出してください!」  揺すられながら切れ切れに口に出された弘紀の言葉に煽られて、弘紀の中へと放出した。  一度目の交情の後、修之輔は部屋の入り口に人の気配を感じて上体を起こした。 「見回りの者でしょう」  修之輔の注意が自分から逸れることを許さないとでもいうように、弘紀が後ろから圧し掛かってきて、軽く耳介を食まれた。 「秋生、今日は正式な伽になるので褒美が出ます。何がいいですか」  何が、と訊かれたからには品物だろう。だが褒美と言われても咄嗟には思いつかない。 「当主の寵愛を受けたので、相応の報酬が出るのです」  弘紀が重ねて説明するが、その寵愛こそが修之輔にとっては褒美に等しい。  けれど心の奥、密やかに、岩見を斬ったことと報酬という言葉が結びつく。けれどその報酬も先ほどまでの交情で充分に得られている。  ……足りなければ、もう一度を弘紀に願う時間はあるだろう。  これ以上何も欲しい物などなく、けれど修之輔の答えを聞くまでは退()こうとしない弘紀の姿に羽代を出る前に交わした約束を思い出した。 「そういえば揃いの扇子を手に入れると云っていなかったか」 「それは褒美とは別に用意してあります。持って来ているので、今、渡しましょう」  弘紀が修之輔の背から離れ、床の足元の方から細長い桐箱を二つ、持ってきた。どっちだっけ、と呟きながら無造作に蓋を開け、中から扇子を取り出す。骨の太い江戸の扇子を拡げると、それぞれ、燕と柳、流水紋と菖蒲が組み合わされた絵柄だった。別の図案のように見えるが、並べてよく見ると水紋がつながりになっていて、一つの画面の絵だと分かる。修之輔には菖蒲の扇子が渡された。 「これは前からの約束のものです。他に何か欲しいものはありませんか」 「欲しいものはもう十分に貰っている」  それでも是非にというのなら。  修之輔はもう一度、弘紀の体を自分の下に引き入れた。弘紀が微かに笑んで、柔らかく体を開いていく。 「貴方は私のもの。他の誰にも、渡さない」  覆い被さる修之輔の襦袢の奥に弘紀の手が差し入れられ、腰の傷跡をなぞった。  誰のものにもならない。自分は弘紀だけのもの。 「貴方のそれが入ってないと、私の中が虚ろに思える」  だから早く満たしてほしい。  そう懇願する弘紀の言葉に従った。  飽く無く修之輔を求める弘紀の中にも自分と同じ虚ろな闇があることは、ずっと前から気づいていた。
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