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「大丈夫です。私、こう見えても趣味はスプラッタ映画鑑賞ですから」
梶原と分かれてアパートの方向に進んだ。数十メートルほどしか走っていないのに、コートも髪もびしょ濡れだった。
降りしきる雨に目をしばたたかせながら、古い戸建て住宅に挟まれた三階建てのアパートを見上げる。ワンフロアに四つ扉が並び、二階のいちばん左端の部屋が青いビニールシートで覆われていた。そこを起点にして捜査関係者たちがせわしくなく歩いているのが、外廊下の手すり越しに見えた。警察の強いライトのせいで、壁のひびわれからにじみ出たような黒いシミまではっきりとわかる。
――放せっ
雨音の中、怒鳴り声が聞こえた。アパートの前に停められたパトカーのあたりからだった。見ると制服姿の警官二人に囲まれ、若い男が何やらもめていた。どうやら声の主はあの男のようだ。
「どうしたんですか」
真琴は『捜一』の腕章を腕に通しながら訊いた。
「おい、アンタ。アンタも刑事か」
警官たちが答えるよりも早く、男が叫んだ。。
真琴が答えずにいると、スーツ姿の中年男がパトカーの中から現れた。たぶん町田署の刑事だろう。
「どうも申し訳ありません、本部の方ですか」真琴の腕章にちらりと目をやっていった。
「そうです、どうされたんですか」
真琴は男を目で示しながら訊いた。
「いえね……」
刑事が言いよどむと同時に、男がまた叫んだ。
「おい刑事さん、聞いてくれよ。あれはルミちゃんじゃねえんだ。絶対に違うんだよ。別人なんだ」
「と、いうわけです。ルミちゃんてのは奥さんで、あの人は第一発見者なんですがね」
男の言葉を引き取るように刑事がいい、苦笑した。
「マルガイは、あの人の奥さんなんですか」
「こちらはその可能性があるんじゃないかと思って訊いているんですけどね」
「別人だとおっしゃっていますが」
真琴の問いに刑事が顔を歪めた。
「そこはまあ……気が動転してるんでしょうなあ。なんせ、かなり酷い殺されかたをしてますんでねえ」
「そうなんですか……」
真琴は思わず唾を吞み込んでいた。刑事の言葉は梶原と同じだった。
「あとは、我々のほうで対処しときますんで」
刑事が小さく頭を下げ、真琴をアパートに促した。
「じゃあ、すいません。よろしくお願いします」
真琴も頭を下げ、身体の向きを変えた。ふたたびアパートに向かう。男の言葉が気になったが、とにかく今は現場を確認することが先決だと思い直した。
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