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ハンカチで濡れた髪や顔を拭いながら階段をのぼった。私服姿の男たちが二階の外廊下に立っていた。町田署の強行犯係の捜査員だろう。見知った顔はなかったが、彼らに小さく頭を下げながら前を通り過ぎた。
前方の青いビニールシートの中から体格のいい男が飛び出してきた。真琴の手前で止まると、その場で上体を倒し口元を手で押さえる。おえええっ、とえずいた。
「大丈夫?」
真琴はうずくまる男の背中に声をかけた。男は真琴と同じ班でいちばん若手の丸藤巡査部長だった。階級は同じだが真琴の後輩にあたる。
「ああ、すいません。大丈夫っす」
丸藤が口元から垂れた涎を拭いながら真琴に顔をあげた。目が充血していた。
「そんなに酷いの」
「半端ないっす。機捜の連中も『こんな現場は見たことがねえ』っていってます」
丸藤の言葉に、真琴は廊下の先を見た。皆が同じようなことをいうな、と思いながら青いビニールを見つめる。そうしているあいだも、また丸藤がえずいた。
真琴は振り返った。
「丸藤君、君は捜一の人間でしょ。しっかりしなさい」
意識して声を大きくした。その声でまわりの視線が真琴に集まったのがわかった。丸藤が口元を押さえたまま、慌てて姿勢を戻す。
所轄から要請があった段階で、捜査の主導権は捜査一課に移る。だがそれでも「これはウチのヤマだ」と考えている所轄の刑事は一定数いるはずだ。
この現場を仕切るのは、私たち捜査一課だ――本当はそう宣言したかった。だが真琴には、まだそれをはっきりと口にできるだけの強さがなかった。だからせめて捜査一課の人間としての存在感を示したかった。
姿勢を戻して脚を前に進め、青いビニールに手をかけた。
真琴は腹に力をこめた。すでに部屋の外にまで濃厚な血のにおいが漂っていた。
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