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真琴は脇を通りかかった中年の鑑識課員に声をかけた。
「すいません、死因はわかっているんでしょうか」
課員は首を横に振った。
「まだだね。眼球に溢血点があるし、絞殺の可能性はあるんだけど、見てのとおり首に索条痕も見当たらないしな」
「腹部の傷が死因だという可能性は?」
「出血の具合からそれはないな。腹はマルガイの死後に切り裂かれてる」
そう答え、鑑識課員は部屋の出口に歩いていった。
最悪の想像が外れて、真琴は少しほっとした。もし生きたまま腹を切り裂かれ、子供を取り出されたのであるならば、あまりにも救いがない。
しかしこの化粧は――?
真琴は被害者の首から顔を観察した。やはり顔のどこにも血はついておらず、首を絞められたときに肌に残る索条痕も見当たらない。これほど大量に血が流れているにもかかわらずあまりに不自然だ。血をきれいにふき取って化粧を施しているのか。
真琴は眉の上を人さし指で掻いた。思考に集中したときの癖だった。
この化粧は、被害者が死んでから施されたと考えるべきなのだろうか。とすれば、おこなったのは犯人だ。だが何のために――?
しゃがんだまま、部屋の中に視線を巡らせる。床一面が血に染まっているが、家具は明るいトーンで統一され、かわいらしい雰囲気の部屋だった。小さなタンスの上にフォトフレームに入った写真がいくつか並んでいる。
真琴は立ちあがり、タンスの前に進んだ。
長い髪を金髪に染め、目のまわりを黒くメイクした女性が、アパートの前で叫んでいた男性と写っていた。ふたりとも弾けるような笑顔で、背後に見えるのは、ディズニーランドのお城だ。他にもいくつか写真が飾られており、どの写真にも同じ二人が笑顔で写っている。この写真の女性が奥さんなのだろう。
「ははあ、かなり化粧がキツイっすね」
真琴の隣で丸藤がいった。
「この顔を見る限り、確かにマルガイは奥さんじゃなさそうね」
いいながら、胸の内側がざわざわとする感覚があった。もし遺体がこの部屋の住人でないのなら、いったい犯人は何を考えてここを犯行の場に選び、このような方法で殺害をしたのか。
残酷な殺害方法は、犯人の強い憎悪や怨恨と結びついているのが一般的だ。だが、真琴はこの現場から立ち昇ってくる気配に、それらを感じることができなかった。
真琴は振り返り、被害者の顔を見つめた。
ねえ、あなたは誰なんですか? どうしてこんな方法で殺されたんですか?
心の中で遺体に語りかけた
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