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振り返ると、知らない同い年くらいの男子が少し離れたところから伺うようにこちらを見ている。桃野の知り合いらしいその男子は、顔を確認すると手を振って笑顔になった。
「やっぱり桃野じゃん! 急に転校したから心配してたんだよ!」
どうやら、前の学校の生徒らしい。
今日は人の集まる街に出てきたから、ここに生徒が遊びにくる距離の学校だったようだ。
てっきり、親の都合で遠いところから引っ越して来たのかと思っていたけど違ったらしい。というか、よく考えたらそれなら桃野は一人暮らしはしていない。
友だちかと思ったのだが、親しげに近づいてきた姿を見て桃野が少し緊張した気がする。
「新しい学校のダチか? それとも、2人であの店に並ぶ関係? 今日はカップル割の日だもんな。俺も彼女と来たんだ。」
カップル割。
冗談で言ったんだろうけど、胸がソワソワした。桃野にとっては俺は恋人なんだよなと思うと他人事ではなく感じたんだ。
しかし、彼女を列に並ばせてこっちにきてていいんだろうか。大事なデート中なのに。
桃野はいつもの淡々とした声で小さく返事をした。
「…友だちだ。」
俺は拍子抜けした。
というよりもしかしてがっかりした?
そんな資格もないし、そもそも「恋人」だなんて言えるわけがないし。
さっきから、自分の感情についていけなくて混乱する。
「ふーん?」
頭はごちゃごちゃしていたけれど、俺はそいつが相槌を打つ声から、何か悪意ある音色を敏感に感じとった。
そしてなぜか、その男子は桃野ではなく俺の方に近づいてきた。
耳元に口を近づけ、しかし声はあまり落とさずに言う。
「ならお前、気をつけろよ。そいつゲイらしいから。」
隣で息を飲む気配がした。
俺は、桃野が変な時期に転校してきた理由をなんとなく察した。
そいつのニヤニヤした表情が不快で仕方なくて、眉間に皺が寄る。
一体、なんのつもりでそんなことを言うんだろう。
桃野は、俯いてしまって表情が見えない。
「…何に気をつけろって言ってんのか分かんねぇけど。」
俺は握りしめられていた桃野の手をとった。
驚くほど冷たい指先を撫でて解くと、自分の手を絡めて握り締める。
「み、光安…?」
桃野を驚かせてしまったらしく、戸惑った声が聞こえる。
「そういうこと、あんま言わねぇ方がいいと思うぞ。」
自分でも驚くほど低く凄んだ声が出た。見せつけるように繋いだ手を持ち上げる。口をあんぐりと開けた男子は、それ以上何も言わなかった。
俺はそのまま手を引いてその男子に背を向けた。
「ま、待てよ…!」
一度黙ったくせに、まだ何か言いたげな男を肩越しに軽く睨む。
そいつは、それだけで怯んで後ずさっていった。
それから今度は意識して、明るい声を出した。
「桃野、あっちにうまい飯屋あるからそっち行こ。」
俺は大股の早足で歩き始めた。
一刻も早くこの場から立ち去りたい。
「カップル割は無いのが残念だけど。」
小走りになってついてきている桃野の方を振り返って冗談っぽく笑うと、大きな目が瞬いた。
「…あってもなくても、対象外だろ…。」
どこか泣きそうな、でもはっきりと微笑みを浮かべた桃野は、手をギュッと握り返してきた。
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