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「あー! 美味かったー! ごちそうさま!」
「お粗末でした。」
大満足で手を合わせた俺に、桃野は穏やかに目を細めた。
桃野の家は高層マンションの一室だった。
マンションの門も立派だしエントランスは広くて、それだけで裕福な暮らしをしていそうだと感じる。
部屋の玄関も俺の家のマンションの倍くらい広いし。
通されたダイニングに置かれた光沢のある黒いテーブルは4人掛けだったから、そういえば本来は家族全員で住んでいる部屋なんだと思い出す。
一時的とはいえ1人で生活するには広すぎるように感じたが、一人暮らしには憧れて部屋を見渡す。
この空間で、好き勝手出来るのいいなぁ。
リビングには大きい灰色のソファーが置いてあり、カレーを食べ終わってからはそっちに移動した。
フカフカでとても座り心地がいい。
俺は少し体をバウンドさせながらカレーを褒めちぎった。
「カツまでついてんの最高だった! 大変だっただろ?」
「…意外と、簡単だぞ。」
サラリと桃野は言うけれど。
揚げたての豚カツが乗ってるカレーなんて、家では食べたことがない。
うちの母親は揚げ物はほぼやらない。面倒だから買ってくるか外食だって言う。
何がどう面倒なのか、俺はやったことがないから分からない。
面倒の基準には個人差がありすぎて、俺が気を遣わないように簡単だと言ってくれたのか、桃野にとっては本当に簡単なのかは判断できないから「凄いなー」とだけ伝えた。
人の家とは思えないほどリラックスしてしまう。ソファーにもたれかかって伸びをする。そうしていると、ふと、桃野が言いにくそうに口を開いた。
「すまない光安、気になっていたんだが…」
「どした?」
聞き返しながら、くつろぎ過ぎたかなと体を起こす。
桃野の人差し指が俺の方へ向いた。
「口、ついてる。」
「げ、どこ。」
もうちょっと早く言って欲しかった。いつからなんだろう。
俺は舌で唇の周りを拭うように動かして舐める。けど、当たっている感じはしなかった。
「違う、こっちだ。ほら…」
桃野が俺の顔に手を伸ばす。
ベタだなって思ったけど。
自然と顔も体も近づいて心臓が高鳴った。
指先がそっと頬に触れる。
舐めていたところとは笑えるほど違う所だった。
「あ、ありがとな。」
なんでもないことなのに、声が少し震えた。
そして、次の瞬間息を呑む。
細い指先についたカケラを桃野は舌で舐めとったのだ。
赤い唇と、濡れた舌の動きから目が離せない。
(…触り、たい…)
俺は吸い寄せられるように右手で白い頬に触れた。想像していたよりも温かい。しっとりとした肌に手が吸い付いて離れなかった。
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