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桃野が逃げないのを良いことに、親指で柔らかい唇に触れる。ゆっくりと整った形に沿ってなぞってみる。
されるがままだった桃野は、その指に舌を這わせた。湿った感覚を指先に感じる。
長いまつ毛に縁取られた目が揺れながらこちらを見た。
「…、」
気がついたら、俺は桃野の唇に、自分の唇を静かに重ねていた。
ほんの数秒。
軽く触れ合っただけなのに、頭の奥がジン、と痺れる感じがする。
少し顔を離すと、桃野の目に薄く涙が浮かんでいるのが見えて我に返った。
体の温度が一気に下がった気がした。
(いや、でもさっきのは絶対に桃野も乗り気で…!)
そこまで思って、女の子はそんなつもりはないのに男は勝手に勘違いするって何かで見たのを思い出す。桃野は男だけどこの際そこはどうでもいい。
もしかしたら、口に何か当たったから反射的に舐めてしまっただけなのかもしれない。
いやそんなことあるかあの雰囲気で。
俺は自分からキスしてしまったことの驚きやファーストキスの心地よさや、泣かせてしまった罪悪感や、大暴れする心臓などで、とにかく頭が沸騰しそうなくらい大混乱していた。
訳がわからないまま、勢いよくソファーから立ち上がった。
「え――と…! そろそろ帰るな…!!」
桃野から顔を逸らして無駄にデカい声で宣言する。
このままここに居たら、自分が何をしでかすか分からない。
しかし、温かい手が遠慮がちに俺の手を握った。俺は踏み出そうとした足をピタリと止めて、サビたロボットのようにゆっくりと首を回す。
座ったままの桃野が真っ赤な顔で見上げてきていた。
「…もう、か?」
眉を下げた表情が本当に寂しそうで。
(嫌だったんじゃないのか!?)
俺は頭を抱えて叫び出したかった。
多分、俺の顔も今、耳まで真っ赤だと思う。
逃げたい。
だがしかし。
そもそもキスだけして逃げるなんてとんでもないことな気もしてきた。
ちゃんと恋人になるって決めたんだし。
俺は腹を括ると、もう一度ソファーにドスンと腰を下ろした。
なんとなく手を離せないまま、沈黙が流れる。
(…キスしたんだ…。)
俺は改めて舞い上がる頭を少しでも冷静にしようとこっそり深呼吸する。
触れ合っている手が熱い。
前に掌を合わせた時や昼間に手を繋いだ時は全然平気だったのに。
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