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落ち着かなくてソワソワしてしまう。
何を話していいのか分からない。
「…何も、聞かないんだな。」
先に口を開いたのは桃野だった。
思わず肩をピクリと跳ねさせてしまった。
「え?」
「昼間のこと。」
間抜けにも聞き返す。俺の方ではなく、真っ直ぐ正面を見たまま返事が来る。
さっき見た涙は気のせいだったのかなってくらい、いつもの涼しい顔と声だった。
どれのことだ、なんて野暮なことは聞かなかった。前の学校の男子のあの発言のことだろう。
俺は目線を泳がせる。空いている手で頭を掻いた。
「んー…正直気になるけど、言いたくないかなって…」
小さく笑う気配がした後、桃野は俯いてしまった。
「お前は本当に優しいな。」
落ちてきた前髪に隠れて表情は見えない。
言葉を選んでいるのか、再び静かな空間になった。
でもそれはほんの少しの間で、すぐに桃野の声が聞こえて来る。
「…まぁ、あいつが言ってた通りなんだけど…」
「うん。」
「何故か前の学校で噂になって、通い難くなった。」
緩く絡めあっていた指に力が込められるのを感じる。
「辛かったな。」
「辛かった、のかな。…別に、学校はあそこじゃなくて良かったし…事実、だし…」
本当にそう思っているのかもしれない。
でも、今思えばあの男子は明らかに悪意を持って近づいてきていた。それに対して桃野はすごく嫌な顔をしていたと思う。
無自覚でも、傷ついていたんだ。
俺たちが仕掛けたイタズラも、本当のことを知ったらとても辛いはずだと改めて感じた。
他のみんなもOKされたって言ってたけど、全員桃野と同じだったらどうしよう。
軽はずみな自分の行動に、もうどうしていいんだか分からなくなる。
俺は繋いだ手を引き寄せると、背中に腕を回す。細いけど女の子みたいに華奢ではなくて、しっかりした体を抱きしめた。
さっきは責任をとって恋人として過ごそう、なんて思ったけれど、そんな簡単なことで済ませていいんだろうか。
そして、そんな資格があるのだろうか。
「ごめん…」
桃野からしたら全然関係ないタイミングで出てきてしまった謝罪の言葉。
ちゃんと言わないと何も伝わらない。
その証拠に桃野は不思議そうな声を出す。
「なんでお前が謝るんだ? …光安に会えたから、転校して良かったって思ってるのに。」
顔を上げて、こちらを見る美しい微笑みに胸が痛む。
何も言葉を返せないでただ見つめている俺に、今度は桃野から顔を寄せてきた。
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
いっぱいなのに。
反省しているはずなのに。
どうしようもなく引き寄せられる。
そして、もう一度キスをした。
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