光安と桃野の場合⑤

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   ドン、と何かにぶつかった。   「うぉわっ!」  驚きの声が聞こえると共に、バラバラと沢山のプリントが落ちていくのが見えた。  なんとか転けずに踏みとどまったけど、ぶつかった相手は尻餅をついていた。  ふわふわとした短い黒髪の先生が「びっくりしたー」と呟く。  体のデカい俺が走っているのにぶつかったのだから、当然と言えば当然だった。  俺はぶつかってしまった相手、担任の海棠先生に手を伸ばした。 「ご、ごめん先生…! 急いでて…!」  実際にはただ桃野と一緒に居られなくて、逃げ出した勢いでそのまま走っていただけなのだが。  先生は手をとって立ち上がると、膝や尻をぱんぱんと叩きながら俺のほうを見た。  眉を寄せて、ジッと見上げてくる。  その目ではなく、つい左目元の黒子の方へと目が行ってしまう。   「光安。今ので、廊下は走ると危ないって分かったか?」 「はい。」 「なら良いよ。次からは走るなよ~。」  快活な笑顔で肩を叩かれた。  優しいのが分かっているから、本当に怖くないんだよな。身長が俺の方が大分高いのもあると思うけど。  俺は改めて謝りながら、プリントを集めるのを手伝う。  そして集め終わると、先生が拾って手に持っているものに乗せる。 「大丈夫か? 今日はいつも以上にぼんやりしてるみたいだぞ?」 「俺、いつもそんなぼんやりしてるかな…。」  あまり心当たりがなくて人差し指で頬を掻くと、先生はしっかり頷いた。 「授業中はな。…何か先生に聞いて欲しいこととかないか?」  授業中なら心当たりしかなかった。  俺のことを心配しつつ、話すことを強制はしない柔らかい言い方をしてくれる。 「いや、別に…、」  反射的に否定しかけて、ふと思った。  先生なら、大人だし同じ男だし相談しやすいんじゃないか? 爽やかで優しいし、若い時はモテてたって隣のクラスの担任も言っていた。きっと恋人だっていたことがあるはずだ!  俺は少し声を落として先生の両肩を掴んだ。 「先生、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」 「うん?」  先生は首を傾けて話の先を促してくれる。 「恋人いたことあるか?」 「…おお…恋愛相談か?」  目を丸くした先生の言葉に、ちょっと考えて黙ってしまう。  恋愛相談なのかは分からないけど。  友人関係、ともちょっと違うし。 (一応、恋人だしな。)  よく考えたら、友人関係ならともかく、恋愛関係は先生に相談することではないかもしれない。  良い相手を見つけたと思ったが、不安になってきてしまう。 「…ダメか?」  自分でもしょんぼりした声が出たなぁと感じていると、先生はすぐに片手をパタパタと高速で横に振った。 「ダメじゃないダメじゃない聞く聞く~! 場所を変えよう!」  めちゃくちゃ笑顔で頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。  なんでそんなに楽しそうなんだろう。
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