61人が本棚に入れています
本棚に追加
ドン、と何かにぶつかった。
「うぉわっ!」
驚きの声が聞こえると共に、バラバラと沢山のプリントが落ちていくのが見えた。
なんとか転けずに踏みとどまったけど、ぶつかった相手は尻餅をついていた。
ふわふわとした短い黒髪の先生が「びっくりしたー」と呟く。
体のデカい俺が走っているのにぶつかったのだから、当然と言えば当然だった。
俺はぶつかってしまった相手、担任の海棠先生に手を伸ばした。
「ご、ごめん先生…! 急いでて…!」
実際にはただ桃野と一緒に居られなくて、逃げ出した勢いでそのまま走っていただけなのだが。
先生は手をとって立ち上がると、膝や尻をぱんぱんと叩きながら俺のほうを見た。
眉を寄せて、ジッと見上げてくる。
その目ではなく、つい左目元の黒子の方へと目が行ってしまう。
「光安。今ので、廊下は走ると危ないって分かったか?」
「はい。」
「なら良いよ。次からは走るなよ~。」
快活な笑顔で肩を叩かれた。
優しいのが分かっているから、本当に怖くないんだよな。身長が俺の方が大分高いのもあると思うけど。
俺は改めて謝りながら、プリントを集めるのを手伝う。
そして集め終わると、先生が拾って手に持っているものに乗せる。
「大丈夫か? 今日はいつも以上にぼんやりしてるみたいだぞ?」
「俺、いつもそんなぼんやりしてるかな…。」
あまり心当たりがなくて人差し指で頬を掻くと、先生はしっかり頷いた。
「授業中はな。…何か先生に聞いて欲しいこととかないか?」
授業中なら心当たりしかなかった。
俺のことを心配しつつ、話すことを強制はしない柔らかい言い方をしてくれる。
「いや、別に…、」
反射的に否定しかけて、ふと思った。
先生なら、大人だし同じ男だし相談しやすいんじゃないか? 爽やかで優しいし、若い時はモテてたって隣のクラスの担任も言っていた。きっと恋人だっていたことがあるはずだ!
俺は少し声を落として先生の両肩を掴んだ。
「先生、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
「うん?」
先生は首を傾けて話の先を促してくれる。
「恋人いたことあるか?」
「…おお…恋愛相談か?」
目を丸くした先生の言葉に、ちょっと考えて黙ってしまう。
恋愛相談なのかは分からないけど。
友人関係、ともちょっと違うし。
(一応、恋人だしな。)
よく考えたら、友人関係ならともかく、恋愛関係は先生に相談することではないかもしれない。
良い相手を見つけたと思ったが、不安になってきてしまう。
「…ダメか?」
自分でもしょんぼりした声が出たなぁと感じていると、先生はすぐに片手をパタパタと高速で横に振った。
「ダメじゃないダメじゃない聞く聞く~! 場所を変えよう!」
めちゃくちゃ笑顔で頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。
なんでそんなに楽しそうなんだろう。
最初のコメントを投稿しよう!