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「ちゃんと謝りなさい。話はそれからだ。」
机を挟んで向かい側にいる先生は、人差し指で俺のおでこを強く突いた。
体が揺れる。
俺は先生について進路相談室に来た。
全然進路は関係ないのに。
でも、使用中にしたら誰も来ないし、人通りの少ない位置にあるから安心だ。
小突かれた額を片手で抑えて苦笑いする。
「やっぱり?」
俺は相手とその性別のみ隠して洗いざらい全部話した。
罰ゲームで告白して付き合うはめになったこと。嘘だったことを伝えられずこのまま恋人でいようと決めたこと。キスのこと。変に意識してしまって、もうどうしたらいいのか分からないこと。
本当に全部。
先生はまず、相槌を打ちながら全部聞いてくれた。
導入の「罰ゲームで嘘の告白」の部分では、一瞬すごく怖い顔になったけれど。その後は穏やかな笑顔、というか、ニマニマというかニヤニヤというか、そんな顔で聴いていた。
途中で口元を隠したりもしていた。
そして、先程の言葉に繋がる。
溜息を吐いて腕を組んだ先生が椅子の背にもたれかかった。
「だいたい、嘘の告白なんて…いや、分かってるだろうからそれは置いておく。とにかく、好きならまずは相手に誠実に…」
「好き?」
俺は思わず聞き返す。
なんで急に「好き」なんて単語が出てきたんだ。そんな話はしていない。
自分の気持ちがよく分からないから、どうしたらいいんだろうとは言ったけど。
「その子のことが、好きなんだろ?」
先生は瞬きをして、もう一度同じようなことを言う。
俺は完全に思考がショートしてしまった。
「え?」
「え?」
ポカンと口を開けていると、先生まで同じような表情になってしまった。
お互い、何を言っているんだろうという状態だ。
「好き?」
俺は単語を繰り返す。
先生の方を見てはいたが、頭は桃野を思い描いていた。
好き、とは。
良い友達にはなれそうだと思っていた。
桃野の恋愛対象が男だから俺の告白を受け入れてくれたし、責任をとって恋人でいようとは思ったけれど。
それは、好き、なのだろうか。
「そういう話じゃなかったのか?」
先生は困ったように笑っている。
なるほど、そういえば先生は相手を女の子だと思っているだろうから自然とそう思ったのだろう。
否定しようと口を開きかけたが、
「妙に意識してしまうし、他の人に見せたくないって思うって言ってただろ?」
元々自分が言った言葉なのに、それを聞いて黙ってしまった。
そう聞くと、たしかに好きなのかもしれない。
客観的に考えて、またキスがしたいと思って、あんな夢を見て、他の人に見られたくないと思うのは「特別に好き」だからだ。
謎のモヤモヤドキドキの感情に名前をつけられて、少し頭の霧が晴れてきたような気がする。
(俺は桃野が好きなのか。)
先程まであんなに悩んでいたのが嘘のようだ。
逆に、なんで気付かなかったのか不思議なくらいだった。
どう考えても好きじゃないか。
あんなに目が離せないんだから。
「好き…なのか…」
改めて言葉にしてみると、温かくなった気がして胸元の服を握る。先生が両手で短い前髪を掻き上げている。
「…そこからだったかー…」
驚いたような、呆れたような笑顔を浮かべて、独り言のようにその言葉は落ちていった。
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