光安と桃野の場合・完

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 しかし、ドン、と胸を拳で叩かれた。  涙でぐしゃぐしゃになった桃野が見上げてきている。身を捩っているが、本気で逃げようとしている気がしない。そのまま抱きしめ続けた。 「頼む、期待させるのは、もうやめ」 「ごめんな、告白、嘘だったんだ。」  震える桃野の言葉を容赦なく遮って、ようやく伝えることができた。    告白した日から、ずっと言わないといけなかったこと。  好きになってから、言いたくなくなったこと。  でも、言わないと胸に引っかかって仕方なかった。  やっと言った。  まず、これが言えないと始まらない。    言えて気持ちが切り替わり、スッキリしている俺。逆に、桃野の目からは大粒の涙が先程よりも止め度なく落ちていく。  感情が表に出ない桃野が腕の中でしゃくり上げるほどに泣いていて可哀想なのに、俺のことが好きだから泣いているんだと思うと嬉しくなってしまって。    自分で思ってるより性格悪かったのかな俺。    どうにも口元が緩んでしまう。 「ごめん。…桃野って、泣いた顔も綺麗だな。」 「ふざけるな…」  俺が親指で桃野目元の涙を拭うと、眉を寄せて睨まれた。しかも、今度こそ腕から逃れようとしているのが動きから伝わってくる。  そんな顔されても全然怖くないし、絶対離さない。  俺はめげずに強く抱きしめる。  肩が少し濡れる感じがした。 「好きだ。」 「…! え…」  耳元で伝えると、腕の中の体の抵抗が一瞬止まった。 「本当に、好きになったんだ。」 「同情はやめてくれ! 信じない…!」  動揺した声とともに腕を掴まれる。  引き剥がされるわけにはいかない。  なんとか、きちんと気持ちを伝えないとってそればかりだった。 「もうお前に、嘘つかないから。」  暴れようとする体を壁に押し付けると、両頬を包んで再び唇を重ねた。  柔らかい感触と共に、少ししょっぱい味が舌に触れる。  お互いの吐息が混ざる程の近さで目を見つめる。 「桃野、好きだ。」 「…ずるい…そんなのずるい…」  桃野の腕が首に回る。 泣き顔が近づいて来るのを受け入れる。  キスをしながら、本当に、俺はずるいなぁと思う。  後出しジャンケンみたいで申し訳ない。  だって、あんな話を聞いてしまったら首を縦に振るまで離す気にならないじゃないか。    唇が離れると、濡れていつもより輝いて見える黒い瞳を真っ直ぐ見つめる。 「好きです。俺と付き合ってくれ。」  はっきりと、心からの気持ちを口に出す。  桃野は手の甲で涙を拭って鼻を啜る。  それから、今まで見たことないくらい明るく微笑んだ。 「…俺で、良ければ…!」                                    終わり
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