桜田と空の場合③

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 「……っ!」  上手く踏ん張れずに転ける、と思った時。  両肩をしっかりと支えられ、背中に温もりを感じた。  顔を上げると、眉間に皺を寄せた空が立っていた。 「おい、俺のに何か用か?」  普段の涼しげな声からは想像出来ない、地の底から響くような低い声。  ギラギラと凄んだ瞳。  目に見えるかのような怒りのオーラに、助けられた俺ですら背筋が凍った。 「ああ!? ガキが増えた……ところ……あ、いや……別に……」  一瞬、凄み返そうとしたらしいチンピラの声が尻すぼみになっていく。  睨み付ける空を上から下まで見たと思ったら、どんどん顔が青ざめていった。  そして。  逃げた。  謝ることもせず無言のまま背を向けて逃げていった。  空は身長は高くて強そうだし、顔もいいし。  きっと、色々勝ち目がないと踏んで速攻で逃げやがったんだ。    カッコ悪いにもほどがある無様な男が見えなくなると、お姉さんが申し訳なさそうに頭を下げた。  突き飛ばされた俺を心配してくれたから「大丈夫!」と答えると、「ふたりともありがとう!」と笑顔で手を振って駅に向かった。 「大丈夫かなぁ…」  本当に急いでたみたいで、時計に目をやりながら歩く後ろ姿を見送りながら俺は呟く。 「駅行ったから大丈夫だろ。」  さっきまでのドスの効いた声はなりを顰め、普段の感情の見えない声に戻った空が隣で言った。  俺が心配してるのはお姉さんのこの後の安否じゃなくて、怖い思いしただろうなってとこなんだけどな。  わざわざ言わないけどさ。  そんなことよりも、言わないといけないことがある。 「ありがとうな、空。」 「別に。声かけただけだ。」  心から助かったって気持ちを込めたのに、素っ気ない返事しかしてくれない。  それでも俺は、先程の空の台詞を思い出して口元を緩める。  怖かったけど、びっくりするほどカッコよかった。ドラマのワンシーンみたいに。 「俺が『俺の女になんの用だ』なんて声掛けても鼻で笑われるだけだって。いいな~大人っぽいイケメン良いな~」 「…女とは言ってない。」 「ん?」  羨ましい気持ちを隠さず思ったままを口に出していると、変なところを訂正される。思わず聞き返してしまった。  女って言ったかどうかって、わざわざ訂正するようなことか?  空は、俺のことを見下ろすと頬に手を添えてくる。    大きな手の温もりに、心臓が跳ねた。 「俺の、はお前だろ。」  かっこいい。    表情は昼休みの倫理のカケラもないことを言ってる時と変わらないのに。  台詞が違うとこんなにも甘く和らいで聞こえるのか。  体中の体温が上がるのを感じた。 「うおお少女漫画のヒロインの気持ち分かったかもしんねぇ!!」  体温と共に上昇したテンションのまま、両拳を握りしめてガッツポーズのような格好になる。そしてまた、思ったことをそのまま口走っていた。 「……色気も可愛げもないリアクション……モテないだろ。」 「うわ腹立つ…!」  呆れ声での率直な感想。  それはあまりにも正確に俺の心臓を射抜いた。  悪い意味で。
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