桜田と空の場合④

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桜田と空の場合④

「お疲れー!」  サッカー部の仲間に手を振って、俺は校門へ走った。  既に校庭を駆け回っていてヘトヘトなはずなのに、今はなぜか身体が軽い。  薄暗くなった学校の敷地内では、他の部活の生徒も帰り始めているところだった。  校門に近づくにつれて、通る人のほとんどがチラチラとそこに立っている生徒を見ながら通り過ぎるのが分かる。  俺は躊躇なく、少し離れたところから手を振った。   「おーい! 凪! お待たせー!」  声に反応して、スマートフォンを弄っていたらしい凪がすぐに顔を上げた。校門横の壁にもたれ掛けていた背を離して、目線を真っ直ぐこちらに寄越す。  駆け寄っていくと、俺が隣に着くのを待ってから歩き始めた。    そう。放課後、一緒に帰るようになったんだ。  別にそうしようって約束したわけじゃなかったんだけど。コンビニで買い食いした次の日から、練習が終わる頃になると「校門」とだけ連絡用アプリに送られてくるようになった。  凪が楽しんでいるかはよく分からないけど、サッカーとか食べ物とか、俺になにかしらの話題を振っては適当な相槌を打って聞いてくれる。  ほとんど話してるのは俺だ。  それがなんだか不思議と居心地がいい。  身長差があるにも関わらず、凪はいつも俺のペースに合わせて歩いてくれて、自然とこっちを見てくれている。  みんなより早歩きしないといけないことが多い俺は、そういう気遣いはすぐ分かる。  女の子と歩くことが多いと自然にそうなるのかな。モテる男は違うな。  でも、練習が終わるのは毎日遅くなるし申し訳なさもある。  同じサッカー部の奴らも、彼女が運動部じゃない場合は一緒に帰るのを諦めることも多い。  俺は、今日の数学の時間に寝てたら当てられて笑うしかなかったって話を一旦切って、ポケットに手を突っ込んで歩く金髪美形の横顔を見上げる。 「今更だけどさ、本当に待たなくていいんだぞ? 遅いし」 「暇潰してからきてる。待ってない」  なんでもないことのように言ってるけどさ。部活が終わるまで時間を潰して、またわざわざ学校に帰ってきてるってことだろ?  面倒だと思うんだよ。  でもそれがなんだか嬉しくて、口元がむずむずするのを抑えられずにニヤけ顔になってしまう。 「それ、待ってるって言わないか?」 「恋人、だろ?」  俺に近い方の手が伸びてきて、頭を撫でてくる。 「え、いや、うんまぁそうね…」  手の動きは心地よかったが、恥ずかしくなって目線を隣から前へと逸らす。  これじゃ本当に恋人みたいだ。  そういうこと言って決まる男になりたい人生だった。  氷のようだと思っていた声も表情も、短い期間ですっかり柔らかくなっている。  凪がたった数日で変わったのか、俺が慣れてきてそう感じているだけなのか、分からないけれど。  
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