桜田と空の場合④

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 「告白されたら、今の恋人とは別れて新しい子と付き合う。気持ちなんて関係ない」なんて、最悪最低なルールで付き合ってるくせに。  恋人との時間を大事にするやつだったのかー。  感心しながら改めて目線を上げると、ふと、頭から離れていく手を見て気がついた。 「なんか手、怪我してないか?」  手の甲が赤くなっている。 「ああ、まぁ…ちょっとな」  珍しく歯切れの悪い返事に、何か後ろめたいことがあるんだと流石に察しがついた。  逃がさないように、再びポケットに戻ろうとする手首を掴む。 「もしかして、喧嘩か?」 「……」  真っ直ぐ見つめると、無言でふいっと目を逸らされた。  この辺で喧嘩してる奴らとか見たことないし、女遊びの激しいファッションヤンキーかなって思ってたんだけど。どうやら喧嘩に明け暮れてるって噂も嘘でもないらしい。  すごいな、本当に漫画やドラマの登場人物みたいだ。  でも、これはいただけない。 「他に怪我、してねぇの?」  手に目線を落とし、少し責めるような口調になっているのを自覚しながら、凪が気まずそうに頷く空気を感じる。じっと傷を観察すると、何かに強くぶつけて擦ったような、そんな傷だった。  大したことはなさそうだ。絆創膏を貼ったりしなくてもそのままで大丈夫だろう。 「ま、このくらいなら、舐めときゃ治るかな」  俺は安心して、笑って手を離した。  すると、手は下に降りていかず、何故か口元に持ってこられる。  意味がわからなくて、その手の甲を見つめて怪訝な顔をしてしまった。 「ん?」 「ここは舐めるとこだろ」 「ああ、そういやそうか……って、やるわけねぇだろ!」  真顔でサラリと言われた言葉に、ノリで舌を出してからツッコミを入れた。  冗談なのか本気なのか分かりゃしねぇ!  確かに、漫画とかでそんなシーンを見たような気がしないでもないけど! 「残念だ」  そう言って、空は自分で傷を軽く舐めた。  思わず赤い舌の動きに目を奪われる。  でも、怪しげに細められた目が俺を見てるのに気がついて、無理やり視線を逸らした。    なんかちょっと、胸がザワザワする。  月並みだけど、喧嘩はやめとけとか、言うつもりだったのに。  なんだか急に言葉が喉につっかえて、何も言わずに隣を歩いた。
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