杏山と土居の場合②

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 犬を拾ってからは大忙しだった。病院に連れて行ったり、ばあちゃんちにまだ置いてあった必要そうなものを引っ張り出したり、必要なものは買い足したり。  仔犬はものすごく可愛い。  とはいえ、なんで俺はこんならしくない労働をせっせとしてるんだろうと思ったけど。  俺をハグしながら救われたような顔をしていた土居を思い出すと、まぁ良いかって気持ちになる。  俺がバタバタしている間に、土居はその日の内に里親探しのためのホームページを探して仔犬の写真や情報を投稿してくれていた。 「仔犬の面倒をみてもらうんだからこれくらいはやらせてくれ。でも、連絡先はお前のにさせてもらっていいか?」  と、提案されてお任せすることにした。  読みやすく真面目な文章は、人柄を表しているようだ。  俺が書くとちゃらんぽらんな雰囲気になりそうだし、お願いして良かった。     「中学の時の野球部にも声をかけてみたけど、やっぱりなかなか難しいな」 「俺も、結構ダチは多い方なんだけどな~本人が飼いたくても家族の許可が要るもんなぁ」  俺のクラスの前の廊下で土居と立ち話をする。  犬を拾ってから毎日土居は犬の様子を聞きに俺のところにやってくる。  2時間目の後の、他より少し長い休み時間は土居と居る時間になりつつあった。と言っても、3日間だけど。  仔犬の動画や写真を見せると楽しそうだ。随分、仲良くなってきた気がする。    話しながら窓の桟に腕を乗せて外を見ると、3人の女子がこちらを指差し何か言っているのが見えた。  大きく手を振ってきたので、にこやかに振り返す。  すると、 「あんず先輩じゃなーい!!」  と無情にもブーイングが飛んできた。知ってた。 「つれないこと言うなってー!」  めげずに明るい声で返すと、向こうもくすくす笑っている。こういうことやってるからチャラいだの軽いだの言われるんだよなぁ。  でも、そのくらいの方が人と仲良くなりやすい。  俺たちのやり取りを見ていた土居が、心底感心したとでもいうような声を出した。 「杏山は人気だな」 「いや、人気なのはお前だよ」 「え?」  嫌味かと言ってやりたくなるが、どうやら本気で首を傾げているらしい。  鈍感がすぎる! お前はハーレム漫画の主人公か!  土居が女の子たちの方へ視線を向けると、改めて手を振っている姿が見える。 「ほら、お前に手を振ってんだって! 振り返してやれ! ファンサ! ファンサ!」  肘で突く俺の勢いに押された土居は、真顔で腕を曲げ片手を上げた。  黄色い声が上がり、ジャンプしながら両手で手を振るミーハーな姿を見て、俺に感謝してくれと心から思う。 「流石の人気だなー! 野球部主将ったら色男~!」 「あんまり知らない女子だけどな」 「モテる男の余裕か? 腹立つなー」  嬉しそうでもなんでもない、ただ戸惑っているだけらしい土居に唇を尖らせる。  もちろん、冗談で言ったんだけど。  本心を言えば、宇宙人と接しているようだ。あんなに女の子に熱を上げられて何故冷静で居られるんだ。何故ドヤ顔にならないんだ。  あまりにも精神構造が俺と違いすぎる。    その証拠に、俺の言ったことを言葉通りに受け取って慌てた声で頭を下げてきた。   「気に触ることを言ってごめん」 「いやいや、ただの軽口軽口! 真面目に受け取りすぎ!」 「そ、そうか」    広い背中をバシバシと叩くと、安心したように口元を緩めてくる。  お堅い表情をしていることが多いイメージだったが、意外と普通に喜怒哀楽があるのだと話していて気がついた。  冗談は通じにくいが、それもまた面白い。  さすが宇宙人、と言った感じだ。    しかし、この宇宙人。  付き合ってる感じが全然しない。  一応、告白は嘘でしたって言わないといけないんだけど。  他のみんなもまだ言えてないらしいし。  とりあえず犬のことが終わるまでは、わざわざ関係を悪化させるかもしれないことをしなくても良いかと思ってきた俺であった。  決して、忘れていたわけではないのだ。
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