杏山と土居の場合③

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「ほら、とってこーい」  俺は赤いゴムボールを軽く下から投げた。  野球ボールサイズの弾力のあるボールは、芝生をぽんぽんと跳ねていく。それを嬉しそうに尻尾を振って仔犬は追いかけていった。  すぐにボールを咥えて戻ってきた仔犬を撫でてやる。 「上手にとってきてえらいな」  土居の感心した声が降ってきた。 「やってみるか?」  ボールをポンと投げると、キャッチした土居がにっこり笑う。 (なんか笑うと可愛いな)  無いはずの母性本能が擽られる、ような気がした。そういうところも、女子に人気の秘訣なのかもしれない。  確実に天然だろうから真似したいけどできない。 「弾力があって、柔らかいんだな」  土居はボールの感触を確かめるように左手の指を動かした。  そして、誰も居ない広い方へと体と右足の先を向けた。  くるくると肩を回して。 「よし、いけ!」  楽しげな声と共に放たれた豪速球。  えっ、と思った時にはまぁまぁ離れた木にぶつかっていた。  ポトン、コロコロ……と落ちていく。  唖然とそれを見届けている俺と仔犬を見下ろして、土居は心底不思議そうに首を傾げた。 「取りに行かないのか?」 「いやいや! 待て待て待て!」  俺は立ち上がって、前髪が全く邪魔しない額を指で弾く。 「追いつけるかそんな早いの! 仔犬! まだ子どもだぞこの子!」  もっと言うなら、伸縮可能とはいえ、リードの紐がそんなに遠くまで伸びない。 「あ、そうか。ちょっと加減が分からなくて」 「お前はうっかりで人の腕を折る怪物か!!」 「杏山は面白いこと言うな」  全力でツッコむ俺に対して、土居は顎に手を当てて感心したように目を瞬かせた。  普段は面白いって言うのは褒め言葉だ。  けど、そういうことじゃなーい! 「反省してくれ!」  この宇宙人!  人が居ない方向に投げる常識はあって良かった! 
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