杏山と土居の場合③

3/4
前へ
/99ページ
次へ
 土居はボールを投げる丁度いい手加減を一瞬で覚えた。  しかも、リードを持ったまま俺より一緒に走ってくれるもんだから、仔犬は大はしゃぎだ。  その後は公園内のドッグランで自由に走り回る仔犬を土居が近くで見てくれている。  俺も途中まで一緒になっていたけど、ちょっと休憩のためにドッグランを出た。  柵のすぐそばの藤棚の下に、座れる場所がある。  そこで土居と仔犬が遊んでいる動画や写真を撮ることにした。 (これSNSにアップしたらダメかな~)  緑の芝の上で犬を撫でて自然な顔で笑ってるイケメン。なんかの写真集とかにありそうなベストショットが撮れた。  加工無しなのにすごい。  これで薄紫の花の下で見ているのが、美人で清楚な女子ならドラマとして完璧なのに。  残念ながら茶髪の派手な男なんだよなぁ。  にやけながらスマートフォンの写真を見ていると、土居が犬を抱いてこちらにやってきた。  柵の中から声を掛けてくる。 「何か楽しいものでも見てるのか?」 「んー? お前と仔犬ちゃんの写真」 「写真撮るの上手いな」  画面を土居の方へ向けると、目を丸くしている。連写してる中で一番良いやつだからな!  とは言わずにドヤ顔してやる。 「被写体が良いんだよ、なぁ? お前もカッコいいお兄ちゃんのが嬉しいんだろどうせ」  土居に抱かれている仔犬に話しかけながら頭を撫でてやる。ふわふわで気持ちいい。  すると、まるで返事をするみたいに「キャン!」と高くて可愛い声で元気よく鳴いた。 「え、正直すぎてショック……」 「ふっ……!」  両頬を押さえてムンクの叫びのように口を開け、大袈裟に仰けぞる。  そんな俺を見た土居が仔犬で口元を隠して吹き出した。 「杏山といると、楽しいな」  白い歯を見せて肩を震わせる。  よく話すようになってから気づいたけど、想像してたよりよく笑うやつなんだな。  見かける時はいっつも表情の読めない堅物顔だったから分からなかった。意識して見ていなかったからなのだろう。  俺は少し悪戯心が芽生えた。 「へぇ~……野球より?」 「えっ」 「そこはそうだって言えよなー!」  返答に困っていそうな反応は想像通りだ。本気で怒ったり悲しんだりする子もいるんだぞ嘘でも君が一番って言え! (って言われても無理なんだろうな)  分かっていて、敢えて眉を寄せて唇を尖らせて見せる。  誠実、実直、正直。良いことではあるんだけど。 「ご、ごめん……!」  本気で拗ねているわけじゃないのに、やっぱり慌てて頭を下げてきた。  あまりにも期待を裏切らないのと、土居に抱かれた仔犬がキョトンとしているのが面白くてゲラゲラ笑ってしまう。 「悪い悪い! 冗談だ! 本当、真面目だなぁ」 「よく言われる。頭が堅すぎるって」 「でも、そういうとこ、良いと思う」 「そうか? 杏山みたいな、明るい人の方が」 「俺は好きだよ」  軽い気持ちで言ったつもりだったけど、声に思ったよりも感情が乗った。  人として、好感が持てる。  信用できるし何より自分と違いすぎて面白い。  土居はどう受け取ったのか、目線を彷徨わせた。 「そ……っれは、ありがと、う?」  なんで疑問系なんだ。  言われ慣れてるだろ人気者。 「どういたしまして? そろそろワンちゃん疲れただろうし帰るかー」 「あ、ああ。そうだな」  俺も俺で、変な返事をしてしまいながら立ち上がる。
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加