杏山と土居の場合③

4/4
前へ
/99ページ
次へ
 両手を上げて軽く伸びをしていると、土居は仔犬の首輪にリードを繋いで出てきた。 「サンキュー! じゃあ行くか!」  差し出してくれたリードを受け取ると、土居が仔犬を地面に下ろしながら呟いた。 「……俺も、杏山のこと好きだな」 「え」   俺は自分でもびっくりするほど体が固まった。  その拍子に、手からスルリとリードが抜ける。 「あっ!!」  仔犬が間髪入れずに走り出した。  自由になった途端、よりによって公園の出口に勢いよく向かっている。  俺の声と共に、土居は即座に芝生を蹴った。 「ヤバい!」  なんで広い公園なのにわざわざそっちへ行くんだ!  公園を出てしまえば、車通りの多い道路へはすぐだ。  嫌な脳内映像が過って心臓が早くなる。  追いかけながら血の気が引いていく。  土居はぐんぐん犬に近づくけど、仔犬は追いかけっこだとでも思っているのか。楽しげにスピードが上がっていく。 「土居! リード踏んでくれ!!」  もう正に車が走っているところへ飛び出す、そう思った時。 「追い付いた!」  土居がリードを踏むことに成功した。  ゼーハー言いながら俺が追い付くと、大きく肩を撫で下ろしている土居がリードを拾い上げているところだった。  俺は飛び付くように土居の首に腕を回した。 「良かったー! マジ良かった! 助かった! 土居がいてくれてよかったー! サンキューな!」  半泣きで言葉を捲し立ててしまう。  それから体を離すと、なんの悪気もなさそうな仔犬の方へとしゃがみ込む。 「お前ほんと……あー良かったぁ……」  両手で撫でると嬉しそうに尻尾を振っている。 「あ、こういうのって叱らないといけなかったっけ……?」  半分独り言を言いながら、リードをしっかり持ったままずっと何も言わない土居を見上げる。 「ど、土居……?」    耳も首も真っ赤に染めた男が、真顔で真っ直ぐ前を向いて止まっていた。   (何だその反応……!)    まるで、好きな子とアクシデントでもあったみたいな。    あれ、そういえば。  好きも何も俺たち付き合ってんだっけ? 
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加