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生徒会室から逃げるように出た俺は、アルバイト先で忙しく働いた。
多分だけど、梅木はなかなかやばいやつに告白してしまったらしい。
独占欲強い系の爽やか生徒会長なんて、少女漫画のヒーローにしたって属性盛りすぎだろ。
種明かしの時は要注意だって注意喚起してやろう。
そんなことを考えながらあっという間に時間が過ぎていった。
そして、シフトの時間が終わって帰ろうとしたとき。
「あんずさんが好きです。付き合ってくれませんか?」
俺は店の前で、好みど真ん中なバイトの後輩に告白された。
「え……俺? ほんとに?」
車が走る音や人のざわめきが、やけに遠くに感じる。
ガードが固すぎて手が出せないと思っていたのに。
信じられない気持ちで、相手の女の子をじっと見つめた。
小柄な体を恥ずかしそうに縮こまらせ、膝の前で手を握りしめている。
色白の顔を真っ赤にさせて大きなうるうるした目をこちらに向けていて。
なんの罠だってくらい可愛くて。
(やっったー!! ラッキー!!)
今すぐ抱きしめたくなって口元が緩んだ。
「嬉しいよ、俺……」
ずっと君のこと良いなって思ってたんだ。
いや、君のこと好きなんだの方が良いかな?
とにかくよろしくお願いしますって言おうとしたのに、口が動かなくなってしまった。
なぜか俺の頭には、一昨日の真っ赤な顔で固まる土居が回想されてしまって。
(一応付き合ってるんだっけ……って、なんでだよ。比べ物にならないくらいかわいい子が目の前にいるんだから。オッケーしてそれから土居には嘘だったって言えば……)
「あ、あの……」
俺が何も言わなくなってしまったので、彼女は落ち着かなげに覗き込んでくる。
かわいい。
不安にさせるなんて申し訳ない。
そう思うのに、次に頭に浮かんでくるのは犬と遊んで楽しそうに笑っている土居の顔。
俺は混乱している。
ちゃんと、付き合おうって言わないと! 無かったことになってしまう!
「嬉しい、けど! 俺、今付き合ってる人がいて……!」
想定していたより大きい声で口から飛び出た言葉に、自分で驚いてしまった。
彼女の可愛い顔がくしゃりと歪む。
「や、あの、ちが」
なんで思ってることと全然違うことを口走った俺の口!
情けなく訂正しかけた俺に背を向けたその子は、茶色のポニーテールを揺らして走って行ってしまった。
(今すぐ追いかけたら間に合うんじゃ……!)
往生際悪く走ろうとしたその時。
「杏山」
俺の思考をカオスに陥れた張本人の自転車か真横に止まった。
なんってタイミングでやってくるんだ!
「ど、土居……なんでこんなところに……」
「この間、バイトが終わる時間を教えてくれてただろ。お前の顔が見たくなって……驚いたか?」
はにかみながら笑うその表情に、俺の胸が高鳴った。
少し息が上がっているところを見ると、いつもより自転車を飛ばしてきたに違いない。
連絡をくれれば断ることもないしすれ違う心配も無かったのに。
驚かせたかったということだろうか。
そんなことをするタイプなんだと、また意外な一面を発見した。
「な、なんだよそれ! 俺のこと大好きすぎだろ!」
「え」
土居は目を見開いたかと思うと、次はきょろきょろと泳がせた。
そして、頭に手をやりながら頬を染める。
「そ、そう、だな。大好き、みたいだな」
「なんだそれぇ」
俺はその場に頭を抱えてしゃがみこんだ。
顔が熱い。
下手したら、さっき告白された時よりも心臓がのたうち回っている。
どっちだ。
「俺はお前のこと大好きみたいなんだ」なのか「こんなのお前のこと大好きみたいでウケるな」なのか。
どっちだ!
「あの、杏山、とりあえず、歩くか」
柄にもなくぐるぐると土居の真意について考えていると、土居は自転車を停めて俺の腕を掴む。そして、驚異的な力で俺を引き上げた。
暗いし、火照った顔は気づかれないだろうと自分自身に言い聞かせながら、俺は立ち上がる。
もう、女の子を追いかけようということはすっかり忘れてしまっていた。
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