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「バイト先、よくわかったな?」
「 桜田に聞いたんだ。丁度、部室前で会ったから」
なるほど。
桜田のやつ、一応俺に連絡してくれたら良かったのに。心の準備が出来たし。
良いけどさ。どっきり大成功で土居はご満悦だったみたいだから。
「自転車、2人乗り出来たら家まで送れるんだけどな」
「いや、それはちょっと遠いだろ! いいよバス停まで一緒に帰れるだけで!」
車道側を歩いている土居が残念そうな声を出したので、慌てて首を振った。
自転車の前かごには土居と俺の通学リュックがぎっちり詰まっている。
教科書類は学校においてきている俺のリュックにはほとんど何も入ってない。それでも荷物を持ってくれるのはありがたかった。
そりゃ送ってもらえたら楽しいだろう。
他の奴とならふたり乗りすることもあるけど、真面目な土居は絶対にしない。
(って、こいつ本当にバス停までのちょっとの時間のために来たのか?)
犬を拾った位置から察するに、帰り道からそう大きく外れない位置にバイト先はあるはずだ。
でも、わざわざ俺に会いに来てくれたことはやっぱり嬉しくて。
本当はもうバス停のところまで辿り着いてしまったけど、立ち止まろうとする土居の袖を引いた。
「もうちょい向こうのバス停まで歩こうぜ」
「杏山がいいなら」
目を細めて快諾してくれた土居に、なんだかドキドキする。
というか、今日は迎えに来てくれた時からずっと心臓がやかましい。
嘘の告白だったことを伝えないといけないけど、ここまで好意を向けられるとは。
どうしても意識してしまう。
その時、俺はふと、水坂のことを思い出してしまった。
俺が「真守」と呼んだだけで妬いてたらしい男前を頭に思い浮かべる。
土居も、ヤキモチとか妬くんだろうか。
つい、魔が差した。
「あ、あのさ」
「うん」
「さっき、バイトの後輩のかわいい子に告白されたんだ俺」
「……へぇ」
なんだその間は。
土居は一瞬だけ目を丸くしたけど、すぐにいつもの何を考えてるのか分からない無の表情に戻った。
特に心を揺さぶられている感じも見受けられなくて、言い損だったなと内心唇を尖らせる。
ちょっとは妬けよ、などと完全に面倒な恋人みたいなことを考えていると、淡々と穏やかな声が聞こえてくる。
「杏山はその子が好きなのか?」
「へ。や、まぁ。その……ずっと狙ってはいたけど」
やばい。正直に答えてしまった。
「じゃあ、付き合うのか」
「え……」
言葉に詰まる。
何か、話の流れがおかしい気がする。
「両想いで良かったな。俺は付き合ったりとかしたことないからよくわからないけど」
(あれ? お前は、今、俺と……)
普通の「友達」に言うみたいに接してくる土居に、胸がざわついた。
「付き合うといえば、ずっと気になってたことがあるんだ」
「……何?」
「先週、付き合ってくれって言ってただろ。結局どこに付き合えば良かったんだ?」
その言葉で、俺はすべてを把握した。
なんで、土居があの時あっさりオッケー出したのか。
(漫画みたいな勘違いしやがってー!)
そのくらい、俺からの告白が土居にとってはありえないことだったのだろう。
そりゃそうだ。
男同士な上に、碌に話したことも無かったんだから。
「えっと……いや、あれは、もういいんだ」
俺は地面へと視線を落として、小さい声で返事をした。
顔が上げられない。
もしかしたら土居が俺のことを好きなのかもなんて、とんでもない勘違いをして舞い上がったことが恥ずかしい。
顔から火が出そうだった。
出来れば次のバス停まで待たずに逃げ出したかった。
「杏山、どうしたんだ?」
土居は人の気も知らないで、自転車を引いたまま顔を覗き込もうとしてくる。
ズンっと胸が重くなるのを感じながら、なんとか土居のポーカーフェイスへと視線を向ける。
いつもなら無表情のくせに腹立つほどイケメンだな、なんて思うのに。
ただただ辛い。
表情筋を動かしているつもりだけど、俺はちゃんと笑えてるんだろうか。
俺たちはバス停に着くまでの数分間、ただ黙って隣を歩いた。
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