杏山と土居の場合⑤

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 先に目を覚ました子犬に叩き起こされた火曜日。  子犬の温もりのおかげか、頭がパンクしそうだったにもかかわらず、ぐっすり眠ることができた。  俺は土居に顔を合わせにくくて、休み時間の度にトイレに篭ってしまった。  本当は会いたかったけど、どうにも気持ちが落ち着かない。  腹の具合を心配してくれたクラスのヤツらが言うには、土居は休み時間の度に教室まで来てくれたらしい。  それをちょっと嬉しく感じる自分の気持ちになんとか蓋をしようとした。  土居は、子犬が気になっているだけだ。里親も全然見つからないし。 (なんか、あっという間に放課後になってしまった……)  今日は昼休みにひとつビッグニュースがあったんだ。  罰ゲーム告白に参加していた光安が、告白した相手と本当に付き合うことになったらしい。  おおらかで人が良く、垢ぬけないけど実は顔がいい光安と、繊細そうな美人の桃野はお似合いといえばお似合いなのかもしれない。  男同士だけどな。  あと、関係ないけど、元気の具現化みたいな桜田が今日は遅れてきた上に昼休み以外はほとんど保健室にいた。心配してたのに、さっきは元気いっぱいで部活に出て行ったから寝不足かなんかだったんだろうけど。  自分が落ち込み気味なせいか、他のやつまでそうなんじゃないかと錯覚を起こす。 (バイトないから気もまぎれねぇし、今日に限ってみんな忙しいみたいだし……)  後頭部で手を組み、完全に時間を持て余した俺の目は、目の前の化学準備室に入っていく先生の姿を捉えた。  宿題のプリントらしきものを抱えているし、暇そうでも無いけれど。  俺は先生の後を追って背中に突撃した。 「先生ー! わんちゃん要りませんかー!!」 「うえあぁ!!」  無防備な背中を押したせいでつんのめった先生は、声を上げてプリントを抱え込んだ。  倒れずにバランスをとったことに拍手を送りたい気持ちになりながら化学準備室に入る。 「こら杏山! 急にっ……どうした?」  振り返った先生が一瞬眉を寄せたけど、俺の顔を見て真面目な声になった。  心配そうな表情を見て、いつも通りのテンションのつもりだった俺の方が首を傾げた。 「どうしたって?」 「悩んでる顔してるぞ」 「エスパーかよ!」  俺は思わず叫びながら顔を覆った。  今日は誰にもそんなこと言われなかったから、上手く隠せてると思ったのに。  バレていると思うと、急激に力が抜けて、感情が表に出てきてしまった。  ズルズルと化学準備室の床にしゃがみこむ。 「いやなんかもう…自分が嫌になってきて」 「どうした!?」  慌ててプリントの束を床に置きながら、先生は床に膝をついた。  俺みたいな普段はなんも考えずに生きてそうなヤツが急にこんなこと言い出したんだ。さぞかし困っていることだろう。  もうなんと伝えたらいいか分からなくて、黙ってしまった。  先生は無理に覗き込もうとはせず、じっと言葉を待ってくれる。  出来るだけ深刻に聞こえないように、俺はなんとか顔から手を外して唇を尖らせて見せる。 「好かれてると思って好きになったのに、実は脈なしでつらい」  そう。  結局そういうことなんだ。  土居が俺のことを好きなんだと思って意識してしまった。  良いやつだな、という気持ちから始まって。  表情とか言葉の一つ一つに、なんだか愛みたいなの感じちゃって。  好きになってしまったのに。  全部勘違いだった。 「それは辛いな」  先生はマジのトーンで共感してくれた。  本音を口に出せたことで少し余裕が出てきた、俺はふざけて手を目元に当てる。 「えーん」  泣き真似をしていると、鼻が熱くなってきた。
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