杏山と土居の場合・完

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 俺はちゃんと顔を上げて、土居の顔を見た。  目も鼻も真っ赤で、髪もぐちゃぐちゃにしちゃったしひどい顔だろう。  対する土居は相変わらずの男前のポーカーフェイスで。  でも、頬が真っ赤に染まっていた。  やっぱり、照れててもかっこいい。 「俺のどこがいいんだよ。全然釣り合わねぇ」 「どこって言われると……明るくて、かわいいところ?」 「かわいいって言葉を検索かけてみろ絶対俺じゃない」 「えっと……」 「なんで本当に調べようとするんだよ!」  ポケットにしまってあったスマートフォンを取り出した土居を見て、思わず笑ってしまう。  俺につられたようにへらりと笑っている顔は、冗談が通じるのか通じないのか分からない。  そうしている内に、肩に置かれていた土居の手が、するりと頬に触れた。 「なんでとか、分からないんだ。初めは、本当に良いやつだなって思って……気がついたら、お前のこと考えるようになってて」  ゆっくりと話し始めた土居の言葉を、一言一句逃さぬように息を潜ませる。  豆のある手がぎこちなく俺の濡れた頬を撫でてくるから、懲りずに気持ちが舞い上がりそうだった。 「部活が終わった後も会いたくて会いに行った。お前が告白されたって聞いた時、嫌だって思った。それって、お前のことが好きだからだと思う」  俺は手に持ったハンカチを握りしめる。  そこまで言われたら勘違いではなく、土居は俺のことが好きなんだと思えてきてしまった。 「今だって、部活よりお前と話したいからここにいる」  土居にとっては決定打、というやつなんだろう。  確かにすごいことなのかもしれない。  野球が恋人とまで言われてた宇宙人みたいなやつが、部活に遅刻するのを構わずに俺に告白している。  顔に熱が集まるのが分かる。  気持ちがフワフワして、ただただ土居に見惚れてしまった。  土居は少し困ったように眉を下げた。 「杏山、何か言ってくれ」 「好きだ」  口からポロリと本音が転がり落ちた。 「俺も、お前が好きなんだ」  伝えても良いんだと思うと嬉しくなって、重ねて言ってしまった。  土居も、嬉しそうな表情になって口を開きかけた。  しかし俺は土居の口を、手で物理的に塞いだ。 「で、でも俺と付き合うのはやめた方がいいと思う……!」 「……?」  戸惑った目で首を傾げる土居に、俺は一週間前の嘘告白のことを正直に話した。  本人は全く気が付いてないみたいだけど、どうも俺自身が落ち着かなくて。  想像通り、土居は驚いたような顔をする。 「あれ、告白だったのか」 「嘘のだけど」  熱く優しい目を向けてくれていた土居の目が、軽蔑の色に染まるんだろうと思うと辛くて目が泳いでしまう。  それでも、付き合ってから何かの拍子にバレて嫌われるよりはマシだ。 「そういう悪戯を笑ってしちゃうようなやつなんだ俺。お前、真面目だから嫌だろ」  自分で自分を落とすようなことを言っておけば、フラれた時の傷が浅い。  自嘲する俺の手首を緩く掴んで、土居は口を開いた。 「良くないことだけど。あの時なら気づいてたとしても、なんだ罰ゲームかで終わったと思うぞ」 「心が広い」  本当に気にしていない風に答えてくれる土居に拍子抜けした。  あの時ちゃんと「付き合ってくれ」の意図が伝わっていたら、狙い通りの罰ゲームになっていたようだ。 「それに、俺もお前に隠してることがあって……」 「なんだ?」  珍しく目線を泳がせ、歯切れの悪い土居に対して、俺は食い気味に聞いた。
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