杏山と土居の場合・完

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 土居が言葉を探すように口を開閉している短い間、俺の方がソワソワしている。 「じ、実は子犬を引き取っても良いって、もうすぐ一人暮らしを始める兄さんが言ってるんだけど」 「なんで早く言わないんだ!?」  思わず学ランの襟首を掴んでしまった。  生真面目にも一番上まで閉まっている首元が皺になる。  俺たちの間では、最重要事項のはずだ。  お兄さん、ということは拾ったその日に話が出ていたのではないのか。 「その時はまだ住む家を探し中だったんだ。もし無理になったら申し訳ないから黙ってた。日曜日、犬が飼えるアパートに決まったからすぐ伝えようと思ったんだけど……」 「けど?」 「子犬の里親が見つかったら、お前と話す口実がなくなるなって思って……言い出せなかった。ごめん」  口元を隠して見下ろしてくる土居の胸元から、俺は黙って手を離した。 「うー」 「ど、どうしたんだ!?」  体を丸めて体育座りをし、膝に顔を埋めて唸る俺を見て、土居は慌てた声を出す。  同じようなことを考えてた。  子犬が誰かに引き取られてしまったら、土居はもう俺と話すことはなくなるって。 「なんか、嬉しくて」  顔の上半分だけを見せて笑うと、土居の肌がまた赤くなった。  上目遣いって、フツメンでも効果があるのか。  反応が初心でかわいいぞこれは。  俺はまた、すぐに調子に乗る悪い癖が出た。 「でもさ、土居。付き合うってどういうことか分かってるか?」 「俺だってさすがに……っ」  ニヤリとする俺に、眉を寄せて反論しようとする土居。  言葉の途中で素早く腕を伸ばす。首に絡め、引き寄せた。  互いの息を感じるほどに、顔を近づける。 「こういうこと、するんだぞ」  余裕ぶって目を細めたその時。  土居が顔を傾けて唇と唇が触れ合った。 「おおおおお前……!」  俺は思いっきり土居の肩を押して距離をとる。  バランスを崩した土居が、後ろ手で体を支えながらキョトンとしている。 「しろってことじゃなかったのか」 「すると思わなかった本当にしてくると思わなかった!」 「嫌だったか、ごめん」  口に手の甲を当てて動揺しまくっている俺を見て、土居はしょんぼりと頭を下げてきた。  今ので「嫌だった」なんて言ったら、俺が悪いって俺でも思う。 「や、やじゃない! で、でもびっくりした……」 「顔真っ赤だ」 「お前もだろ!」  男らしい顔の頬も額も耳も首までも朱に染まっている。  公園で抱きついた時と同じだ。  こんな顔、俺以外に見たことあるやついないんじゃないかな。  ちょっとした優越感を覚えていると、座ったまま距離を詰めてきた土居の熱い手がまた頬に触れてくる。 「……もう1回、していいか」  意外と積極的で、心臓が壊れそうだ。 「ん。でも、一応、ちゃんと口約束もしとこうぜ」 「口約束?」  俺は頷くと、土居の手に自分の手を重ねる。  次はちゃんと正しく伝われよ。 「付き合って、くれないか?」  土居は爽やかに微笑んで、唇を寄せてくる。  そして、触れるか触れないかというところで答えてくれた。 「ああ、もちろん」
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