梅木と水坂の場合①

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「まぁ待てよ」  さっきまでよりワントーン低い声が耳に響いた。  ドンっと水坂の胸に背中を預ける格好で支えられる。  目を白黒させていると、腕を掴まれたまま耳元に唇を寄せてくる。 「許すとは、言ってない」 (傷ついてないっぽい言い方してたのに!?)  距離が近いとか、なんか急に雰囲気変わった気がするとか、色々思うところがあったけど。  なんだか怖くて何も言えないまま冷や汗を流すしかなかった。 「梅木に告白されたって、言いふらされたら困るだろ?」 「困ります」  心臓が、嫌な感じに早まる。  大したことじゃないけど、もし水坂が「梅木に告白された」と言えば。  俺がどんなに否定しても皆んなの心に疑惑が残る。  肝が小さい俺は、きっと教室に居づらくなる。 「じゃあ、俺のお願い聞いてよ」 「ナンデショウ」  悪戯を企むような猫撫で声は、いつもの優しい生徒会長と違う。  何をさせられるんだろう。  水坂にお願いされるようなことが全く思い浮かばない。  緊張で口の中が乾く。  振り返って顔を見ることすらでず、自分の足を見つめた、  そうしていると、冷ややかな声が鼓膜を震わせた。 「お前、今日から俺の奴隷な」  全身の肌が泡立つのを感じた。  笑い飛ばしたいような、ベタなセリフだ。  冗談だよな、と聞きたいのに。声が全然冗談に聞こえなくて。  喉に栓が詰まったように声が出ない。  手が震えるのを感じながら思考停止していると、フッと吹き出す音が弾けた。 「あはは、反応良すぎ!」  爽やかな笑い声が耳に入ってくる。  混乱しながら振り返ると、水坂が可笑しくてたまらないという風に肩を震わせていた。 「流行ってるドラマのセリフなんだってさ! 最近女子にやたらと言わされるんだ」  そういえば、有名な少女漫画が原作のドラマを姉さんが見ていた。  そのヒーローが黒髪で眼鏡のイケメンだった気がする。  水坂にやらせるなんて、女子もやりたい放題だな。  呆気に取られたけど、俺は安心して表情筋に力が戻った。  この短時間に2回もからかわれたらしい。 「なんだー……様になりすぎてビビっ」 「奴隷はやり過ぎだから」  俺の言葉を遮った水坂は肩をぐいっと引いてくる。  お互いが笑顔のまま、向かい合う格好になった。  背の高い水坂と視線を交わそうとすると、俺の顎は自然と上がる。  その顎に長い指が触れた。   「俺と、卒業まで恋人ごっこしろよな」 「はい??」    鼻先が触れそうなほどの近距離で、今度は艶っぽくも傲慢な言葉が降り注いだ。  さすがに3回目は騙されないぞと思ったのに。  その後は、冗談ということにはしてもらえなかった。    他の生徒会役員が部屋に入ってきたタイミングで逃げるように出てきたのを思い出し、左手で頭を掻きむしる。  スマートフォンの画面では「明日、それぞれで謝ろうな」とのメッセージが来ていたが。    そもそもこっちの意図は普通にバレてて謝った後だ。  これ以上どうしたらいいのだろう。  絶望の淵に立った俺は、現実逃避のために改めて漫画を漁ることにした。    
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