梅木と水坂の場合②

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 強い雨が傘を打つ音が響く。  こんなに雨が降るなら、邪魔だけど長傘を持ってこればよかった。  俺は左側に体温を感じながら、出来るだけ濡れないようにリュックを前に抱いて肩を竦ませる。 「もう少し後に降る予報だったのに、ついてねぇな」 「だな。それに加え、誰かさんは自分の分まで傘を貸しちゃったしな」  形の良い眉を鬱陶しそうに寄せる横顔を見ながら、これみよがしにため息をついてやる。  傘を貸したふたりは、仲がいいからギリギリまで一緒に帰るけどすぐに別れてしまうらしい。  だから1本ずつ必要だったのだと聞いたから、本気で言っているわけではもちろんないけれど。  ちなみに水坂は、電車の方が早いけどバスでも家の最寄り駅までいけるらしい。  俺の冗談混じりの言葉を受けて、水坂の唇は優雅に弧を描いた。  ヒソヒソ話をするように、耳元に顔が寄せられた。 「相合傘の口実だよ」 「ほぁ!?」  甘い囁き声に背中がゾクゾクする。  間抜け極まりない声が出てしまった。  距離を取りたいのを我慢して顔を水坂に向けると、意地悪く目を細めて口の片端を上げていた。 「冗談に決まってんだろ。ただのいい人アピールだ」 「お前、俺のことからかい過ぎ……」  笑っている水坂を睨み付ける。  しかし、悪い表情をしていても顔が良い。  これはこれで普通にモテそうなんだけど、現実はそう甘くはないんだろうか。  と、無遠慮に見ていたために俺は気が付いた。  水坂の左肩がずぶ濡れだ。  俺は自分の右肩に視線をやった。折り畳み傘にふたりで入っているのに、俺はほぼ濡れていない。  水坂が俺の方に気を遣っているのは明白だ。 (恋人ごっこ中だからか? すげぇなこいつ……)  口は優しくないのに。  こうやって、大事にされるのは思ってたより気分がいい。  頬が緩みそうになるのを耐えながら、視線を前へと戻す。  なんとも思ってないかのように、俺は話を振ることにした。 「水坂って、意外と少女漫画とか恋愛ドラマとかよく見るのか?」 「いや? 全然興味ない」  天然だと!?  天然で相合傘で肩濡らすのやってんの!?  フィクションを参考にして様になるなんてさすがだなって言おうと思ったのに、あっさり否定されてしまった。  狼狽えていると、そんな俺に気づいていないらしい水坂が逆に質問してきた。 「お前は好きなのか?」 「恋愛メインのはそこまで……」 「じゃあどんなのが好きなんだ? 今までで一番好きなのを教えろよ。息抜きの時読む」 「一番? 一番……」  話題を俺に合わせようとしてくれているんだろう。こいつがモテるのって普通に良いヤツだからだと思う。  だけど、今までで一番って言われると答えられない。  難しすぎる質問だ。  今現在、俺がハマっているものならばすぐお伝えできるのだが、どうせお薦めするなら水坂の好みも知りたい。  唸ったまま答えられないでいると、リュックを指差してきた。 「そのキーホルダーのとか」 「分かった明日持ってくる」  俺は即答した。  水坂の好みがどうとか吹っ飛んだ。  そこについているのはついこの間完結したばかりの漫画のマスコットキャラクターだった。  俺が今どん底までハマっている漫画だ。  とにかく最後のどんでん返しが最高で、そのことについて今は一生語っていられる。 「40巻あるから5巻ずつな」 「長い。もっと短いやつにし」 「あっという間に読み終わるから。なんか呼吸を忘れてるうちに終わるから。とりあえず5巻まで読んでくれ5巻まで!!」 「あ、お、おお……」  つい熱が入って早口になった俺に対して、初めて水坂が狼狽えているようだった。  ヤバいこれは引かれたな、と思ったのだが。 『面白いから続き貸してくれ』  貸した日の夜にこんなメッセージが来たのだ。  俺はるんるんスキップしながら本棚の部屋に向かった。  水坂、イメージとは違ったけどやっぱりいいやつだ。  
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