梅木と水坂の場合③

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 でも、水坂にはその感覚はよく分からないらしい。  目を瞬かせて首を傾げている。 「お、面白い……? 俺がお前なら『水坂は人のことを脅す酷いやつだ』って拡散するけどな」 「それ俺にメリットあるか? ヒエラルキー最上位のお前が『陰キャが冗談を間に受けたみたいだ』って言ったら終わりだろ。嘘告白したのも知られて、絶対良いことない」  大体、俺にそんな度胸がないと踏んで「恋人ごっこ」なんて吹っかけてきたくせによく言う。  俺はため息を吐きながらクリームパンに齧り付いた。  でも、先に食べ終わった水坂は箸を片付けながらまだ怪訝そうな顔をしている。 「少なくとも、俺と恋人ごっこなんて茶番はしなくてよくなるぞ」 「クラス中の冷たい視線と今の状況を天秤にかけた結果、こっちの方がマシなんだよ!」  もしかして、本当に分かっていないんだろうか。  返事と共に体にも力が入って、クリームパンの中身が少し出てきてしまった。    弁当箱を片付け終えた水坂は、意味ありげにじっと見つめてくる。 「ふーん、残念だ」 「なんだよ」  何を言われるのかと身構えると、長いまつ毛に縁取られた目が細まる。  そして俺の方に身を乗り出してきたので、思わず視線を逸らした。 「実は気に入ってるから、とかかと思ったのに」  温かい指先が、俺の顎を柔らかく掴む。強制的に水坂の顔を真っ直ぐ見る角度に持ち上げられる。  自他共に認める美形が、鼻先が触れそうなほど顔を近づけてきていた。 「そんなわけないだろ!」  ガタガタっと椅子が鳴る。  狼狽えすぎた俺が立ち上がってしまった音だ。  指が触れていた部分を中心に火傷が広がっていくみたいに、顔が熱い。  心臓も早い。  そんな俺を、椅子に座り直した水坂が笑みを浮かべながら見上げている。 (からかいやがってー!)  少女漫画みたいな雰囲気に流されそうだ、  自分の長所を最大限に活かして、俺で遊んできている。  このままでは悔しい。  こっちだって驚かせてやる。 「水坂、ちょっと」 「ん?」  俺はこっそり深呼吸した後、余裕な表情をしている水坂の頬に手を伸ばした。  同じように顔を近づけて頭突きしてやる、と意を決して体を傾けた。 「わぁあ!」 「え……っ」  足を滑らせて机に手をついた、と思ったその瞬間。  唇に柔らかいものが触れて。  眼鏡と眼鏡がぶつかってカチャンと鳴った。  俺たちふたりの間だけ時が止まった。
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