梅木と水坂の場合③

3/3
前へ
/99ページ
次へ
 俺は変わらず水坂と恋人ごっこを続けていた。  相変わらず態度がでかいし口は悪いけど、土日も漫画の感想を連絡してくれたりして楽しく過ごしている。  続きが待てないからってわざわざ40巻買ったらしい。気持ちは分かるけど金持ちかよ。  いやお金持ちの坊ちゃんって属性も持ってたわそういえば。  本当に、俺とは全く釣り合わないすごい奴だ。  とにかく読むのが早くて、土日で全部読んでしまったらしい。 (感想聞くの楽しみだなー)  と、るんるん気分で登校した俺だったが。  今日の昼休みは生徒会の用事があるとかで、一緒に過ごせないと言われてしまった。  なんでこのタイミングなんだ。  ガッカリしているのが表情に出ていたらしい。 「明日は一緒に居てやるよ」  なんて頭を撫でられた。 「上から目線すぎだろ」  と、思わず手を払い除けてしまったけれど。  本当は妙に優しい手つきと声に、ざわりと胸が騒いだ。  だんだん、本当の恋人なんじゃないかと錯覚を起こしてきている。  きっと、金曜日のキスのせいだ。 (あいつは全然、変わらないのに)  俺はハプニングで唇が触れ合った時を思い出す。 「あ、わ、わぁあ!?」 「……」  お互い唇を手で覆って見つめ合ってしまった。  俺ほど取り乱してはいなかったけど、目を見開いて固まった水坂を確かに見た。  うん、絶対見た。  顔もブワって赤くなってるのが、顔の下半分が見えなくても分かったくらいだ。  今思い出すと貴重な表情だったのに、あの時の俺はそれどころではなかった。 「あ、あああの、こんなつもりじゃなくて! あのえっと」  水坂に負けないくらい顔は真っ赤になっていただろう。  なんと言っていいのか分からなくて、俺は「えっと」と繰り返した。  しかし、水坂からの反応は何もなかった。 「……み、水坂……?」  取り乱していた頭がだんだん正気を取り戻してきて、とんでもないことをしてしまったんじゃないかという気になる。  自分の顔は青くなっていっているんだろうと分かるくらいに、指先が冷たくなってきて。  何を映しているのか分からない水坂の瞳が怖くなって、目を逸らしてしまった。 「ご、ごめんな。わざとじゃな」 「ごっこでキスまでしなくていいだろとか言ってたくせに。やりたかったんじゃねぇか」 「そんなわけないだろ!」  反射的に言い返しながら再び水坂に視線を戻すと、ここ数日で飽きるほど見たニヤニヤ顔をしてズレた眼鏡を直していた。  ついさっきまで固まっていたくせに、立ち直りが早すぎる。  伊達に中学生の頃から感情を隠す生活を送っていたわけじゃないってことだろうか。  でも水坂が調子を取り戻してくれたおかげで、その後は軽口を叩きあえる雰囲気に戻った。    今思い返してみると、あの意地悪い態度は水坂の優しさだったんだろうか。  そう頭を過ったけれど、真相は謎だ。  息をするように人を小馬鹿にした態度をとる奴だし。  俺は無意識に、水坂の感触が残っているわけもない唇に指を当てる。 (……柔らかかった……気がする……)  初めてのキス、と言っていいのか分からないようなものだったけど。  多分一生覚えてるんだろうな、なんて考えながら、俺は気分を変えて食事するために屋上へと足を向けた。  
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加