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光安と桃野の場合③
丁度、天気の良い日だった。
特に何をしようとか決めないで来てしまったので、賑やかな街を2人並んでうろうろと歩く。
話しながら、隣を歩く私服の桃野の姿を見る。
よく彼女とのデートで私服姿を見て照れてしまったなんて話を聞くけど、なんとなく理由が分かった気がする。彼女じゃないんだけど。
紺色無地の長袖Tシャツに黒い細身のズボン、学校に履いてきているのと同じ白いスニーカー。全くファッションには興味無さそうな格好だが、それが綺麗な顔やスタイルを際立たせていた。
制服より首回りがスッキリしているので印象が変わる。新しい顔が見られた感じなんだ。
同じく服装なんてあまり気にしない俺は、グレーのスウェットパーカーに青のデニムパンツというラフな格好だった。
それでも、駅で会った時に桃野は「新鮮だな。」と緩く笑った。もしかしたら俺と同じ気持ちだったのかもしれない。彼女じゃないけど。
彼女じゃないけど一応恋人なんだから同じようなものか。もう分からない。
「本が好きだったら、本屋にでも行くか?」
近くに大きい書店があったから親指で指し示す。俺はほぼ行くことはないけど、いつも本を読んでいるし桃野は楽しめるだろう。
そう思っていたら、
「ありがとう。じゃあ、光安の好きな本を教えてくれ。」
と、サラッと言われてしまう。
俺は教科書ですら本はほぼ開かない。
「あー…俺、漫画くらいしか読まないけど…」
歯切れが悪くなってしまった。なんで本屋に誘ったんだって思われたかもしれない。
「何読んでる? 俺は漫画も好きだ。」
桃野は、柔らかい声で話のレベルを合わせてくれた。
なんて良いやつなんだ。
そのまま本屋に入って漫画コーナーで話をすることにした。
高い本棚がずらりと並んでいる空間は圧巻だった。慣れない新鮮な場所に気持ちが上がり、特に興味がなくても目についた本はとりあえず手に取ってしまう。
どれを取っても桃野は「こういう絵が好きなのか?」「そのジャンルの本だったら…」と、学校にいる時よりも流れるような饒舌になっている。
好きな本を教えると言っても、俺が知っているのは有名なタイトルばかりだった。そして桃野はそれを全部知っていた。この漫画はこの巻の話が好きで、と話す声に耳を傾ける。
(生き生きしてんなー)
いつもより少しだけ目尻が下がってるとか、僅かだが口角が上がってるとか、表情変わっても全く顔が崩れたりしないなとか。
相槌を打ちながら、漫画ではなく、桃野の顔ばっか見てるやつになっていた。
最終的に、新刊コーナーで桃野は2冊の本を買っていた。
本が好きな奴って、息をするように本を買うんだな。
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